「さて、友泰さんは瓜子姫の話をご存じですか?」
「うりこひめ?」
「簡単に言えば・・・そうですね、桃太郎の女の子バージョンといったところでしょうか」
昴がそう言って、手をくるりと軽く翻すと、途端に双姫神社の境内に不思議な風が吹いた。木々をざわざわと揺らして外界の音を絶ち、郷愁をそそる芳しい匂いすら感じられる。昔話に匂いがあったなら、きっとこんな匂い・・・友泰にそう思わせた。
「昔々あるところに」
お決まりの文句で昴は話を始める。
「子供のいない老夫婦が住んでいて、ある日お婆さんが川へ洗濯へ行ったところ、川上から瓜が流れてきました」
「ん?桃じゃなくて?」
「そうですよ、だから、瓜子姫だと言ったでしょう」
友泰の突っ込みを、ほほえみながら軽く受け流す昴。いつもより切れ長に見えるその目元に、友泰は一瞬ドキリと胸を高鳴らせる。
「さて、友泰さんのご期待通り、その瓜の中からは女の子が出てきたので、老夫婦はその子を瓜子姫と名付けて大切に育てました。やがて瓜子姫は美しく成長し、また大変に機織りが上手な娘となりました。機織りの音はリズミカルで、彼女の織った布は町へ持っていけば高値で売れたそうです。」
「ふーん。なんだか鶴の恩返しにも似てるんだね」
昴はまた微笑んで「そうですね」と一言返す。
「彼女の噂は都まで広がり、とうとう殿様からの求婚がかかるようになりました。老夫婦はとても喜んで、町まで瓜子姫の嫁入り道具を買いに出かけました。ちょうどその頃、村には天邪鬼がでるという噂があったので、老夫婦は瓜子姫に留守中は決して家に誰も入れてはならないと、言いつけてから出かけたのです。瓜子姫はその言葉を守って、一人機織りをしていましたが、少し心寂しくなった頃、扉の外から声が聞こえてきました。「自分も寂しいから、少しだけこの戸を開けてくれないか」とね。勿論老夫婦からの言いつけを守るつもりではあった瓜子姫でしたが、ほんの少し、指が通るくらいならいいだろうと思って、少しだけ戸を開けたのです」
「それから・・・どうなったの?」
「ここから先は、地方によって差があるんですけどね」
さわさわと木々を揺らす風に、昴は髪を少しかきあげた。
「少しだけ開いた戸を強引に押し開けて、天邪鬼が瓜子姫を桃の生る谷へ誘い出したり、或いはいきなり家の中へ押し入ったり、また或いは近くの柿の木へ連れ出したりと様々ですが、結末は二極化しています。」
「二極化?」
「ええ、一つには天邪鬼が瓜子姫を監禁し、彼女になりすまして輿入れしようとするのですが、瓜子姫の泣き声に気づいた老夫婦によって天邪鬼は懲らしめられ、助け出された瓜子姫はめでたく輿入れしていくというタイプ。そしてもう一つは、天邪鬼によって喰い殺され、その皮をかぶった天邪鬼が瓜子姫になりすまし、輿入れをもくろむタイプ。尤も、後者もまたすんでの所で正体が露呈して、老夫婦によって殺されてしまいますがね」
昴は流し目に友泰を見遣る。話の内容のせいか、ますますその瞳は切れ長で、妖艶な雰囲気を醸し出している。
「え、じゃ、じゃあこの子はつまり・・・」
「そうですよ、天邪鬼です」
「もし俺がこの綱を緩めていたら・・・」
ビクつきながら、吊された子供を指さす友泰。あどけなく無邪気に見えた顔を、今はどうしたって直視できようもない。
「ふーんだ。オイラ、そんなことしてないもーん」
吊されている天邪鬼は、口を突き出すようにして知らぬ振りを通す。といっても、言うこと成すこと真逆の天邪鬼。否定の言葉など信じられない。
「ち、ちなみにこの子はどっちのタイプだったの?」
怯えつつも友泰が尋ねると、昴はただにっこりと微笑んでこう言った。
「良かったですね。縄を緩めなくて」
「え、それって一体どっちだったっていうこと・・・?ちょっ、昴くん?昴くんってば」
友泰の言葉にはそれ以上答えないまま、昴は相変わらず柔和に微笑んで拝殿へと歩いていく。友泰はその後を小走りで追いかけた。
「こらー!オイラを無視するなー!」
天邪鬼はまた体を揺らしてアピールしたが、何かに遮断されているかのように二人にその声は届かなかった。境内の中を吹いていた独特の風もいつの間にか吹き止んで、すぐ脇を走る車道の音が少し響いていた。