「なぁ、若造。これからどうするんだい?」
しばらく口を閉じていた蓮角だったが、機を見計らったようにここぞとばかりに言葉を続けた。
「・・・どうする、か・・・」
どうするべきなのだろうか。今まで真っ直ぐに仇討ちの道を歩いてきた。そして今まさに閉ざされた行く末。
最初は如何なる形でも、仇討ちが終われば心も晴れるのだろうと考えていた。しかし釈然としないままのこの心。ただ蟠りが大きくなっただけ。元の鞘に納める方法も知らない抜き身の刀を、一体どこに向けようというのか。
「・・・仇討ちは終わったんだ」
そう、終わってしまった。隼人の心には色々な感情が交錯していた。仇討ちを自らの手で果たせなかった悔恨と、仇討ちの終わった安堵感と、これからを見いだせない不安と、そして空虚感。西の空の残り火も消えた空を見上げて、隼人は心中で何度も「終わった」と呟いた。その一言が悔恨で、或いは安堵で、或いは空虚で・・・何度も何度も音の異なる同じ言葉を繰り返した。
「仇討ちは終わった・・・か。本当にそうか、え?」
蓮角に問われ、隼人は空から目線を移す。その顔はますます楽しげに歪んで、今にも高笑いしそうであった。
「終わった。仇の鳥がもはやこの世にないのならば、これ以上刀を持つ理由も・・・」
「ふ・・・だからお前は甘いんだよ。島田の若造」
ひどく癇に障る言い方に、隼人は鋭い目線で蓮角を睨み返す。
「仇なくして仇討ちができるものか!奴の家族が生きているのなら話は別だが…」
「奴さんの家族は」
隼人の言葉を半ば遮って、蓮角は切り出した。
「奴さんの家族はまだこの町で暮らしてる。死んで果たせぬ仇ならば、その仇の子に果たすべし、ってな。その刀、向けてみたらどうだ?」
急に人の良さそうな言い方をする蓮角。これほど不穏なものはない。隼人は眉間のしわを緩めることなく、ただ強く蓮角を睨み続けた。何も言葉は返さない。返さないということは、遠回しに蓮角に言葉の続きを促しているということ。それが分かってか、蓮角もにやつく顔を抑えようともしない。
「奴さんの名は小七、門倉小七」
「・・・門・・・倉?」
やおら聞き覚えのある苗字に、隼人はほつりと呟く。そしてそれが何だったのかが思い当たって行くほどに、瞳は驚愕に見開かれていく。
「分かったか?門倉ってのは、この町の呉服屋の屋号。そしてあの嬢ちゃんもまた、呉服屋だ。この町に呉服屋は二軒あったかい?」
「まさか・・・そんなはずはない!そんなはずは・・・」
途中まで言いかけたところで、ふと隼人の脳裏に先ほどの朱鷺子の様子がよぎった。名を呼ぶと肩をびくつかせ、振り向いた眼は泣きはらしたように真っ赤、ガタガタと体を震わせていた。そしてこう問いただしたのだ、「もし仇討ちの相手が死んでいて、その家族が何も知らずに遺されているのなら」、と。
朱鷺子はどこかで知ったのだ。自分の父親が何者であったのかを、そして自分が仇の娘であるのだと。だからお堂さんの入り口で待っていた。隼人にどこまで伝えるつもりだったのかは、分からないけれど。
「さあ、これで本当の意味での役者は揃ったってわけだ」
高らかにそう宣言すると、蓮角は両手を広げて天を仰いだ。空に向かって抑えきれないほどの不気味な笑みを浮かべると、再び隼人に目線を戻す。
「仇の鳥を失って、お前の刀はどこに向く?」
「だ、黙れ!」
「くっくくく・・・」
蓮角は不快な笑い声を立てながら、草むらからゆらりと立ち上がった。そしていつものボロボロの編笠を手元で回してから頭へと乗せる。雑草を踏み倒して轍を作りながら、川沿いの道に上がってきて、凍り付いたような表情の隼人に近づいた。
「前にも言ったが、仇討ちなら早めに済ましておきな。じきに廃刀の命令が下るそうだ。今までみたいな廃刀許可じゃねぇぜ。その上一切の仇討ちも禁止になるとかいう話だ。モタモタしてっと、より一層手が出せなくなるぜ、若造」
最後の言葉をやけにゆっくりと、嫌味たらしく付け加えると、さらにニヤリと嘲笑を浮かべてお堂さんを奥へと歩いていく。
「ま、待て!貴様は・・・貴様はどうするつもりだ!?」
自分と同じく辻兄鷹を仇と言い切った、その蓮角はただ楽しげに話すばかり。もはや仇討ちなど眼中にはなくなったのか、それとも最初から隼人の胸中を弄ぶことが目的だったのか。その背中はゆらゆらと不穏に揺れている。
「さぁてな。さしずめお前と同じ、ってところだろうな、はは」
蓮角は軽く肩をすくめながら、軽く言い切った。まるで隼人の次の行動が何もかも分かっているかのように。
隼人は奥歯を噛みしめたまま、何も言い返すことができなかった。砕けんばかりの奥歯と、強く握りしめた拳とは裏腹に、心は今大きく揺れている。それを押し隠して平静装うことができようものか。
西の空はとうとう紅く輝く日の光を失った。帰巣の鳥ももはや空には一羽も見えない。お堂さんには蓮角の歩く足摺の音が遠のいていくだけ。隼人は今一度強く奥歯を噛んで、ぎゅっと瞳を閉じてから、詰まっていた息を再び吸い込むのと同時に空を見上げた。漆黒の夜空の色が、まるで胸中と同じように思われた。
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