同じ日の夕方、西の山際が赤くなり始めた頃に、隼人はお堂さんの途中に佇んでいた。何を思っているのか、その視線は一点を見つめると言うよりは、注意深くあちらこちらに注がれていた。

「島田の旦那」

 そこへ背の高い草をかき分けて、辰が隼人の元へやってきた。この数日姿を潜めて、自分たちの言う@で情報をかき集めていた。

「・・・六助はどうした?」

「あいつならちょっと酒に付き合わされてるんでぇ。俺ぁ旦那に会うのに抜けてきやした」

「何か分かったのか?」

 隼人は立ち位置を変えないまま、歩み寄る辰に視線を向ける。辰は野良猫のように身を屈めたまま辺りを警戒してから、立ち上がって隼人に直った。

「いや、やはり奴ぁ手強い」

「だろうな」

「素性は勿論のことだが、その後の経緯を知るものにも当たらねぇんで。明治に入る少し前から、奴の消息はパッタリだ」

 辰の返答に隼人は唇を噛みしめたまま鼻でため息をつく。

「ただ一つ言えるのは・・・」

「何だ?」

「奴はもう死んだと考える者が多かったってことでさぁ。まぁ、これだけ綺麗さっぱりに行方が消えりゃ、そう考えるのも無理はねぇですがね」

「死んだとは人としてか?それとも剣客としてか?」

「どちらにしても、だ。旦那」

 辰はわずかに首を横に振るようにして目配せをする。

どちらの意味合いでも辻兄鷹が死んだのなら、仇は到底討てるものではなくなる。隼人もそれは十分に承知している。それでもなお、確実に辻兄鷹が死んだと分かるまでは、腰に帯びた刀を置くわけにはいかなかった。

 

 

 「旦那の見解はいかがなんです?」

 歯がゆさに奥歯を噛みしめている隼人の様子に、辰はややあってから聞き返す。すると隼人は組んでいた左手を拳にして額に当てた。

「・・・俺が一度だけ奴に対峙したとき、声の印象から自分の父親とあまり変わらない年頃だと感じた。自然と往生するのには早すぎる。生きているなら壮年を過ぎた頃か、はたまた初老を迎える頃か・・・。剣をとうに棄てて腕が鈍っているかもしれないし、逆に成熟して脂が乗っているか、判断に迷う年のはずだ。俺は奴が生きているなら、そのどちらかしかないと考えている」

「なるほど、妥当ですな」

 辻兄鷹は、今をも姿を隠し通す徹底した性格の男だ。中途半端に刀を握り続ける余生は考えにくい。奴にとって刀は今も全か、それとも無へと帰したか。その両方で探る必要がある。辰はそれを思い直して、再度頷いた。

 やがて不意に隼人は踵を返した。そして砂利道を足摺の音を響かせて、お堂さんから出ようと歩いていく。

「旦那、どこへ行くんで?」

「野暮用だ」

「あの娘ですかい?」

「いや、違う」

 辰が茶化すように含み笑い気味に聞いたのが、少し癪に障ったのか、隼人はつっけんどんに否定した。歩みを止めぬまま、それ以上弁論することもなく隼人は一人離れていく。

「旦那、それじゃ一つ聞かせてくだせぇ」

 辰は今一度声に真剣味を取り戻して呼び止める。隼人はそれを受けて、やっと足を止めると少しだけ振り返った。

「辻兄鷹が旦那の読み通りだったとして、どちらであることを望んでるんで?」

 特有の掠れ声の割には、よく通る辰の声。川縁に吹く風に遮られることなく、隼人に問う。

「後者だ」

 一言、はっきりと言い残すと、もう一度振り返ることはなく隼人は歩いて行ってしまった。お堂さんの出口に向けて湾曲する道なりに、背の高い草が隼人の姿を隠す。

辰はそうやって隼人の姿が見えなくなってからも、少しの間その場に立っていたが、ややあってから来た道を戻っていった。

草が風に揺れて、かき分ける音が何重にも重なって聞こえるようだった。

 

 

 

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