「それで…“モグラ道”というのは?」
アルベールが念のためにエンダーを横目に見ながらシナに尋ねた。エンダー同様、彼も半信半疑の目で見ていた。シナへの不変的な信頼が半分と、エンダー自身に対する懸念が半分。
「モグラ道ってのは通称でな、早い話がトロッコのことさ。エン、地図を…ああ…用意がいいな。」
二の句を告げずに丸めた地図を差し出したエンダーをさりげなく褒める。エンダーは小さく“ん”と返すだけ、照れくさいのか目線をシナから外して。
「これは…イオ・チュリア?」
「そう、その内部。地下道を記したものだ。」
地図の丸まりを抑えながらシナがカーサに答える。地図には簡略化されたイオ・チュリア山脈の輪郭線の中に、複雑に枝分かれした線が幾本も引かれていた。主線は南北に長く、そこから分かれた横道は所々がイオ・チュリア山脈を脱している。
「ハネスゲルンに最も近い出口はここだ。」
シナが山脈の中心のやや下部、西側に通ずる出口の一つを示した。
「ほぼ全ての分岐を西へとる。そうすれば自然と山脈の西側に出られるが、問題は三叉路だ。あまりに西へと進路をとりすぎると、ハネスゲルンのかなり手前の出口に出る事になる。特にこの辺りは出るとすぐに谷底…ボロを…クズ石を捨てる場所だからな。間違って落ちれば命はない。永久なる魔法具を持っていてもだ。」
シナはアルベールに釘を刺すように目を遣った。アルベールはその目線を受け流し、手元に地図を引き寄せる。
「分岐が多いな…さすがに道順を全部覚えるのは無理か…。」
「…お前ならそう言うと思ったよ、アル。そんなの当たり前だろ。背負い込みすぎは身を滅ぼすぞ。」
呆れた目線を向けながら、彼はアルベールが引き寄せた地図を元の位置に戻した。確かにアルベールは何もかもを自分でこなそうとしてしまうところがある…カーサもそう感じていた。彼のその性格は間違いなく諸刃の剣。どこかで肩代わりしてあげなければ、シナの言うとおり墓穴を掘ることになってしまう。アルベールは自覚しているのだろうか…シナの物言いは昔からそうだったことを窺わせるけれど…。
「このほかにはもうハネスゲルンに行く手段がないのね?」
カーサはアルベールを気遣うように尋ねた。“ただ向かう”だけでいい道程があるなら、少しは彼も楽になる。
「ああ…そうなると隠密に鉄道を利用するか、デフェラ大平原を何らかの乗り物で移動するしかない。どちらにしてもモグラ道を行くのと同じくらいの危険を孕んでいるし、隠れていくにはモグラ道を行く方が最適だしな。」
シナはそう言って地図をトントンと指先で軽く叩く。
「それじゃあ私たちで分岐を半分ずつ覚えて…」
「あのさ、さっきから何言ってんの?」
「え?何って?」
冷ややかなエンダーの言葉にカーサは顔を上げた。その“やれやれ”といった表情がシナとの血縁関係を思わせる。
「二人だけで行かせるわけがないってことだよ。このモグラ道を把握するのにどれだけ時間がかかるか分かってんの?地図しか見ないで入ったら一生出られなくなるよ。」
「確かにエンの言い分は正しいな。」
シナは口でそう言いながらも、目線でエンダーの言い方を戒めた。
「俺も二人に地図を渡して“さあ行ってきな”なんて気は更々ないよ。道案内なら魔法具がなくてもできるしな。」
「シナ…」
「せっかくここまで生きてきたんだ。何かカーサの役に立たないと終われないのさ。」
そう言って頼もしくも優しい笑みをカーサに向けた。その瞳はロンザと同じ。
「俺も行くよ。使える人員は使うに限る、だろ?」
エンダーは“それがいつもの口癖だもんな”とシナに目線を送った。
「まぁそういうことだな。アル、そうピリピリするな。ただでさえ人が足りないんだ。味方は多いほうがいい。」
シナは強い目線でアルベールに頷いた。そしてその先をエンダーに向けると何かを促すようにもう一度頷き、それを受けたエンダーは何も言わずに一度外へと出て行った。