「んんーーー…いたたたたた…」
カーサは揺れる車内で伸びをしながら、固まってしまっていた体の痛みを口にした。相変わらず見渡す限りの平原には朝が訪れていた。カーサたちが乗ったのは夜行列車なのであって寝台ではない。その上三等車だったために固い木製のボックス席で眠るしかなかったのだった。
「おはよう。…大丈夫?」
既に起きていたアルベールが微笑むように問う。
「おはよう、アル。私は平気よ。でもこうなると昨日の列車に乗っていたかったって思っちゃうわね。」
カーサは悪戯に微笑み返す。ゴードウォールドの駅から乗った列車は辛うじて座面がクッションになっていたが、予定外に乗ることになった列車には旅費をかけられない。けれど一時の休息になるのならそれでいい。とりわけアルベールが、あの列車に乗ったままでは神経を削らせるばかりだ。
「まだデフェラ大平原を抜けてないのね。」
カーサは目を擦りながら朝日に黄色く輝く地平線を見つめた。やや南東を目指して進む列車の車窓からは、時折眩しい太陽が二人を照らす。
「もうすぐ抜けるよ。次の駅は平原の外れだからね。」
そう言いながらアルベールは傍らに置いていた水とサンドイッチを一つずつカーサに渡した。カーサが目覚める前に車内販売で買ったのだろう。高くてとても手を出せなかった食堂車で作られたらしいそれは、紙に包まれてまだほんのりと温かかった。中身は厚めのハムとタマゴ。昨晩ほとんど食べないままに疲れて眠ってしまっていた二人は、早速とばかりにサンドイッチを頬張った。
「そういえばこの列車、南東に向かっているようだけど、前の列車と同じ駅に行き着くの?」
朝食を食べ終えて、段々と日光が車中に差し込み始めたのを見てカーサが尋ねる。アルベールは大陸の最南端の海にルルイエがあると言っていたけれど…。
「いや、この列車は大陸の東岸に向かうんだ。慌しいけど、次の駅で乗り換えないと…。」
「そこからまた列車?」
「うーん…それなんだけど、ちょっと考えていたんだ。」
アルベールはそう言って鞄から一枚地図を取り出した。この大陸のみ大きく描かれている地図、その真ん中が低地を示す黄色で塗られデフェラ大平原を表している。
「僕たちが最初に列車に乗ったのはここ…君とロンザが住んでいたゴードウォールドの町。」
アルベールは大平原の黄色い範囲のやや上、南北に一本線を引いたような鉄道の一箇所を指し示す。
「本来ならこの鉄道をまっすぐに南に進んで大平原を抜け、大都市ハネスゲルンを経て最南端のハイアーの駅に行くつもりだった。…だけどちょうどこの辺り…」
アルベールはゴードウォールド駅と次駅の間を指輪を嵌めた人差し指で指す。
「…ここで強盗とセシルに遭ってしまった…それで次のギタの駅で一度降りたんだ。」
「それが昨日の夜ね。」
「そうだよ。」
アルベールは一度地図から顔を上げ、柔らかく微笑んで頷く。
「ギタからは東岸に向かう列車…つまり今乗っているこの列車が出ている。行き着く先は東岸バタロ…漁業と貿易の都市だ。」
「そこから船で…?」
「いや…それはあまりにも無謀だ。それに南に連れて行ってくれる船もないだろうしね。だからバタロまでは行かない。次の目的地はここ…少し見づらいかな…デフェラ大平原と山脈の境の駅・ナジカ。」
「ナジカ…」
カーサはアルベールの指し示した場所を確かめた。小さく駅を示すマークがある…それだけ。八方塞がりのような場所にも思える。
「…ここからどうするの?」
「うん…ここに山脈があるだろう?これはイオ・チュリア山脈、鉱山だ。ここで採掘された鉄鉱はハネスゲルンの街に運ばれる。多分トロッコか貨物列車か…ごめん、この辺りに君がいない事を知っていたからちゃんと調べていなかったんだ。」
アルベールは申し訳なさそうに小さめの声で弁解した。
「でも…鉄鉱がハネスゲルンに運ばれているのは確実なんでしょう?大丈夫よ。きっと行けるわ、ね?」
「…そうだね。ありがとう、カーサ。」
そう言って地図に落としていた目線を上げ、アルベールはカーサに微笑みかけた。それからアルベールは丁寧に地図をたたんで鞄に戻し、カーサが水を口にして、しばし会話のない時間が流れる。その間にちょうどよく陸橋の上に差し掛かり、よりけたたましい音が車内を満たす。カーサの目に入る範囲にいた子供は思わず耳を塞いでいた。