「あぁ…!」
アルベールの足が地に着くと同時に、カーサの息を呑むような叫び声が耳に入る。顔を上げると、二人のみならず列車が既に取り囲まれていた。強い威圧感…けれど強盗のそれとは違う。統率された揃いの制服、胸にはバッヂが輝いている。自分には関わる事がないと思っていた…政府の人間。新聞で見た格好そのものだ、どこの部署の人間なのかは分からないけれど。
「カーサ!」
それでもアルベールはカーサを自分の背後に回らせ、尚も警戒を解こうとはしない。
「何者だ?!」
「待て…一般客か?」
「何故貨物車両にいた?!」
口々に屈強な(といっても強盗よりも紳士的な)男たちが二人を詰問する。
「何を騒いでおる?!」
そんな低い声のざわめきを断ち切るように、凛とした女性の声が辺りに響く。銀色の髪、白い肌…けれどその瞳の色は碧。
「セシル…?お前セシルだな?!」
アルベールがその瞳の色に気が付き顔色を変える。
「…え?誰なの?」
カーサは囁くようにアルベールに問う。ロンザやアルベールとは髪の色も肌の色も違う…けれど碧の瞳は…おそらくルルイエ独特のもの。仲間?でもアルベールのその雰囲気は、とても目の前の“セシル”という女性がそうだとは言わない。
「ラブラ長官…お知り合いですか?“セシル”とは一体…?」
「…昔の馴染みだ。ここは私に任せお前たちは残りの強盗どもを収束なさい。」
「…は。」
部下と思しき男性は不可解な表情を浮かべながらも、他も部下を引き連れてその場を大人しく後にした。カーサたち三人の周りは強盗の攻撃からようやく離れたにも関わらず、尚も緊迫感に包まれていた。
「…アルベール、お前は変わらんな。」
セシルが余裕の微笑を浮かべて口火を切る。
「それに…カーサ、ようやく会えたな。私を覚えているか?」
「カーサは何も覚えていない!」
アルベールが怒ったように代弁する。確かに彼の言葉どおり、カーサにはセシルの名前すら記憶の中に残ってはいなかった。
「“ラブラ”と呼ばれていたな…聞いたことがあるぞ。姿を変えて何十年と政府を裏で牛耳る不死身の女がいるってな…!一体どれだけ正体を偽ってきた?!」
「それを言えば私も聞き及んでいたぞ。ルルイエの女神は長らくロンザが匿い、お前が探し回っている…とな。お前にあの二人を引き裂くことが出来たとは、御見それした。」
「黙れ!!こっちの質問に答えろ!!目的は何だ?!」
先ほどとはおよそ想像がつかないほど、アルベールの気は荒ぶっていた。背後からではその表情が読み取れないけれど、彼が物凄く怒っている事は伝わってくる。何故そこまで身構えているの?彼女も…セシルもルルイエにいたいわば同志なのでは?
「何をそんなに気張っておるのだ、アルベール。後ろでカーサが怯えているではないか。」
セシルの言葉にアルベールが目線だけを背後に移す。その目にアルベールの腕に掴まりながらも不安げな青ざめたカーサの顔が映る。
「…南に行く列車だな。」
「何が言いたい?」
「いや…あの強盗どももまもなく一網打尽に出来よう。安心して乗ればいい。…達者でな。」
一見優しい言葉の中にある種の威圧感を含めてセシルは踵を返す。
「待て!最後に一つだけ答えろ!!」
アルベールはそんなセシルを呼び止める。セシルは無言のままゆっくりと一度は向けた背を僅かに戻した。
「…これは“偶然”なのか?」
一瞬の沈黙。
「無論。」
その一言のみを口にしてセシルは銀色の髪を揺らし、政府の群衆へと戻っていった。アルベールは小さく溜め息をつくと強張っていた表情と体を緩め、列車と自らの背中の間からカーサを解放した。
「ごめん…カーサ。」
「ううん、守ってくれてありがとう。…でも…どうして?」
「ん?」
「あのセシルという人も元々はルルイエにいたんでしょう?仲間なんじゃないの?」
カーサの問いにどこか遠くを見るようにしてアルベールは間を空ける。次々と拘束されて連れて行かれる強盗たちが、列を成して政府の収容車に押し込まれていく。その中に毅然と指揮しているセシルも目に入る。故郷を同じくする者たちの間に吹く風がやたらに虚しい。
「…その話はまた後でゆっくり話すよ。今は次の駅に向かおう…予定を変えて列車を乗り換えよう。偶然だろうと何だろうと、おそらくこの列車はマークされる。」
「マーク?」
カーサはまだ腑に落ちないという表情でアルベールを見つめた。彼の表情からは未だ緊張感と焦りが拭えない。
「…大丈夫、近いうちにちゃんと君に話すから。」
アルベールはカーサの不安げとも取れる表情に、少し無理してにこやかに言った。しかしそれをすぐに低い声に変えると、風の音に紛らわすように呟いた。
「何にしてもセシルを信じてはいけない。」