カーサが聞き返すと同時に、列車はとてつもない急ブレーキをかけた。進行方向を向いて座っていたカーサはそのブレーキに堪えきれず、向かい側のアルベールに抱きつくように飛ばされてしまった。
「痛…ごめん、アル…」
「いや、大丈夫。何があったんだろう?」
アルベールはカーサを受け止めて辺りを見回した。反動で列車全体がギィギィと軋んだ音を響かせる。列車の周りは何も無い荒野…やっと地平線の彼方に町が見えなくなったところ、町や停車場であるはずがない。大体にして二人が乗り込んだ駅から次の駅までは半日以上かかるのだ。列車はまだ出発から2時間と走っていない。
「僕から離れないで。」
そう言うとアルベールは注意深く立ち上がり、更に慎重に辺りを見回した。何故アルベールがそうするのか、カーサにはよく分かっていた。それが原因で町に物資が届かない事も珍しくなかったからだ。
ややあってけたたましい足音と共にいかにも柄の悪い男たちが二人、列車に走りこんできた。一目で分かる…典型的な列車強盗。汚らしい屈強な男たちがそれぞれの手に銃を持っている。
「なんだぁ?この車両にゃお前らしかいねぇのかよ!しけてんなぁ…!」
「まぁそう言うなよ…な、そこのお洒落な兄ちゃん。随分豪勢な格好だな。」
強盗の一人が装身具揺らめくアルベールを見て話しかけてくる。奴らの狙いはおそらく貨物…それでも如才なく乗客から金目の物を奪っていくつもりだ。
「悪いけど、お前らと列車の旅を楽しもうなんて気はサラサラないんだ。次の駅まで運ばれたくなかったら大人しくこの場を引く事だね。」
「ほ…見た目よかずっと強気だな。それとも後ろにお嬢さんがいるからか?」
「そんなことはどうでもいい。今求められているのは引くか引かないか、その答えだ。」
「はは、それなら簡単だ。答えは“引かない”。そしてお前らに求められているのは渡すか渡さないか、だ!!」
強盗が銃を構える。引き金に掛けられたその指が、まだ発砲するか否かの天秤の上にあるとはいえ、その威圧感は否めない。
「さぁ…どうする?お兄さん。」
「渡せないね。尤もお前らに渡すようなものは最初から持っていない。」
アルベールの言葉は実の所真実だった。確かにカーサも旅に必要な日用品と、どうしても置いていけなかった宝物(…一般的にはガラクタと呼ばれる代物)を最低限バッグに詰めてきただけで、僅かばかりの旅費でさえ強盗でなくとも不十分だと感じる程度にしか持っていなかった。アルベールにしたってそれは同じ。彼は先程の言葉を挑発で口にしたわけでは決してなかったのだけれども、同じ意味合いの言葉をキッカケに引き金を引いてきた強盗たちには、アルベールの真意は伝わらなかったのだ。
「ははっ…!!口が過ぎたな、兄ちゃん!死にさらせ!!」
ガキッという音と共に強盗が激鉄を下ろす。引き金にかかった指にも力が入る。だがアルベールは尚も冷静なままだった。そして気付かれないようにずっと貨物を指差していた右手を人差し指を、彼は勢いよく強盗へ向けた。
「うわぁ…!!」
「な、何だ?!くそっ…!!」
引き金を引く直前で列車の中を重たい貨物が数個舞う。それは先程カーサが魔法を与えた指輪の力。突然自分たち目掛けて飛んできた木箱に驚き、二人の強盗は当初の目標ではなく思わず木箱に発砲した。
「カーサ、向こうの車両に行こう…早く!」
「でも後ろは貨物車両よ?!」
「いいから、荷物を持って!!」
慌しくアルベールに促され、カーサは訳も分からないままにすぐ後ろの貨物車両に飛び込んだ。荷物がぎっしりと詰められた窓のない貨物車両は、太陽輝く昼の時間も薄暗い。
「…扉が壊れてるな…」
扉を背にしてアルベールが苦々しく呟く。扉越しに耳をそばだてて、尚も飛び交う木箱に戸惑う強盗たちの動向をはかっている。
「…どうしてこっちの車両に逃げたの?」
カーサは息を整えてアルベールに尋ねた。強盗は二人、しかも形勢はこちらにあった…その気になればあの二人を捕らえるくらい出来たはずなのに。
「君が…人を攻撃するような魔法を与えられたなら話はまた別だった。」
アルベールが遠慮がちに囁く。
「強盗はあの二人だけじゃない。銃声や叫び声を聞けば必ず他の仲間が駆けつける。そうなったらこの指輪の魔法だけでは太刀打ちできないんだ。僕の使命は君を守ること…危険に晒すわけにはいかない。」
「でも他の車両にも乗客がいたわ…その人たちは…」
「分かってる。けれど君に魔法が与えられたかい?例えば“触れたものを爆風によって吹き飛ばす”というような…。」
「それは…」
カーサは消え入るような声と共に俯いた。やっと自らの力に気付いたところで瞬時に力を与えられるわけもない。集中力がいる…時間も。何より誰かを攻撃しようとする思いが湧いてこない。今自分にできる事は限りなく少ない。