「これからどこへ?」

やけに大きな音を立てて揺れる列車の中で、ボックス席の向かい側に座るアルベールに尋ねた。二人が乗るのは南北に細長い大陸を縦断する鉄道、カーサのいた町はその始発に近い場所にある。

「この大陸の最南端へ。かなり遠いけど…海を目指すんだ。」

「海?ルルイエに行くんじゃないの?」

「ああ…ルルイエは今海中に沈んでいるんだよ。何百年かに一度、封印が解かれるまでは決して浮上しない幻の都市、それがルルイエなんだ。」

「でも…私たちそこに住んでいたんでしょう?海の中で暮らしていたの?」

「いや…その時は沈んでなんかいなかったんだ。ルルイエが海中に姿を消したのは君が…君がいなくなってからだから…」

「…そっか…」

その気まずくなった空気を紛らわすように、ガタンと大きく列車が揺れる。貨物主体の鉄道は乗客が少なく、二人が黙ると同じように列車も沈黙する。

 

 

 「少し…昔の話をしようか。」

「昔の…?」

思い立ったように口を開いたアルベールの言葉をカーサは聞き返した。

「そう…ルルイエがまだ海上にいつもあったときの話。」

そういえば聞いていなかった…ルルイエに関するあまりにも多くのことを。カーサはルルイエの一切が他人事の思えるほど何も覚えてはいなかった。あまりにも実感がないので“覚えていない”と口にするのも躊躇われ、実際には“知らない”といった方がしっくりきていた。

「カーサは世界の七大遺跡を知ってる?」

「え?えぇ…知ってるわ。確か…空中庭園ケルスス、海中要塞ディルバ、水晶煌く灯台リガルダ・レスパ、音楽愛でし地下都市ウィリーウィリー…えっとそれから…」

「それから神に最も近い神殿イルキードゥーラ、足を忘れた巨人ラミアス、天へ昇る塔ルーラ・アーリー…これで7つ。」

答えに迷ったカーサの後を継いでアルベールが正確に答える。その右手の古い指輪をはめた人差し指と親指を折って。アルベールは男の人にしては身に着けている装身具がとても多かった。首からは2連の首飾り、左右両腕合わせて5本の腕輪、右手の人差し指と中指、そして左手の親指にそれぞれはめたシンプルな指輪。どれも古びて煌かず、アルベールの褐色の肌に同化して見えた。

「この7つに共通するのは“謎”。文明無き古代にいかにしてこれだけの物を造ったのか、未だに分かっていないとされている。」

「うん…確かにそうね。」

カーサは言葉を区切ったアルベールに相槌をうった。アルベールの言うとおり、この七大遺跡は多くの研究者が何十年と調べても、決して解け得ない謎を秘めていた。それぞれが巨大であり緻密であり、現代においても建造は不可能だと誰もが口をそろえる。

「だけどそこには一つの答えがある。」

「それが…ルルイエ?」

「そう…そして君だよ、カーサ。」

「え…?私?」

アルベールの言葉にとっさに“まさか”と言いそうになる。けれど彼の真っ直ぐな碧の瞳がそれを止める。そしてそれ以上の否定が出来ない。

「…とは言っても言葉じゃ実感はわかないか…。カーサ、僕の指輪に触れて。」

カーサは差し出されたアルベールの右手の人差し指の指輪に躊躇いつつも手を触れた。古びた指輪は少し力を加えるとひしゃげてしまいそうなほど頼りない。

「君がロンザの修理屋でやっていたみたいに思いを込めて。そうだな…例えば何か物を浮かすように、と。」

「浮かす…」

カーサは小さく呟いて自然に瞳を閉じた。今まで“直りますように”と思いを込めていたように、“物を浮かしますように”と祈ってみる…本当のところは半信半疑だったけれど。しかしカーサのそんな疑いをよそに、心には何か言い表しがたい充足感がわいてきた。その充足感が心を満たして溢れると、それが指を伝わってアルベールの指輪に流れ込んでいくような感じがした。どこか新鮮でどこか懐かしい感覚。“もう十分だ”というのが自然に分かって、カーサは自発的に指輪から手を離した。目を開けてみると、満足そうに柔らかな笑みを浮かべるアルベールの指輪が瞳を閉じる前よりも煌くように見えた。

 

 

 「見ててごらん。」

アルベールはそう言って指輪を嵌めた人差し指で、貨物車から溢れて客車に積まれている荷物を一つ指差した。そしてその人差し指を軽く上へと跳ね上げる。いかにも重たそうな木の箱は、音もなくふわりと浮かび上がる。誰の何の力も目に見えるものは何もないままに。

「嘘…」

カーサは本意でないにしろ、自分が思ったとおりになったことに驚き息を呑んだ。自らの震える両手を見ても、変わったと思えるものは何もない。

「これが魔法だよ。」

アルベールは指に連動する箱を元の通りに降ろし、呟くように口にした。

「呪文も何も要らない。ただ魔法を宿す道具と君がいれば誰にでも使える。ただし一つの道具に宿せる魔法は一つだけ…今みたいに“物を浮かす”という力を授けたら、この指輪はその力を使うためだけのものになる。数種類の魔法を駆使するなら、それに見合うだけの道具を身につけなければならないんだ。」

そう言ってアルベールは指輪と腕輪を沢山嵌めた右腕を、金属の擦れ合う音と共に顔の辺りまで持ち上げた。

「ルルイエにとって君は至高の存在…僕はルルイエを“魔法都市”だと言ったけれど、それは君がいて初めて成立するものなんだ。君なしではルルイエにおいても物はただの物でしかない。僕らにしたって魔法使いではなく魔法具使いに過ぎないんだ。」

「私…私の力…」

カーサは今まで気付かなかった能力に複雑な思いがしていた。修理もしないで直ったことへの合致、自分のルーツを垣間見たことの嬉しさ、無意識のうちに感じる嫌悪感、そして恐怖。何故こんなにも色んな思いが交錯するのか…。

「さっき話した七大遺跡…あれはみんなこうして建造された。かつて栄華を極め、ルルイエに端を発し世界中に伝播した魔法が…君が力を与えた魔法具がそれを可能にしていたんだ。」

「何故…あんな遺跡を造ったの…?」

「自分の持った力で何ができるのか、試して知りたいのが人間の性だから…かな。せめて巨大建造物を作ることに満足できていれば良かったのだけど…」

「だけど…?」

 

 

    

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