「カーサ、君はルルイエでは神にも等しい存在なんだ。そして僕やロンザには君を守る使命があった。」
「私が…神?まさか…」
そんなこと信じられるわけがない。カーサは肩をすくめて“そんなの有り得ないわ”という態度を示した。さすがにこればかりは素直に疑う事が出来る。
「いや…気がついているはずだよ。君には特別な能力があるんだ。」
「そんなの…知らないわ。」
「“君が触れると物が直る”。そうだろう?」
「いいえ、違う!それはここが修理屋だからよ!ねぇ、おじいさん!?」
しかしカーサの言葉に親方は目を逸らす。否定はしない…けれど肯定はできない。カーサはよろめくように数歩後退りした…微かに頭を横に振る動作を伴って。
「カーサ、君の能力は“物に力を与える事”。力は魔法。魔法都市ルルイエにおいて、君は掛け替えの無い人なんだ。」
カーサは不安な瞳をアルベールに向けた。もはや自分がそうだと信じるしかない。店内のアンティークや空気までもが肯定の眼差しを送っているかのようにすら思えてくる。
「もう何千年も昔、僕たちは皆ルルイエで暮らしていたんだ。君が与えてくれる力に支えられてとても平和だった。…けれどある事がキッカケとなって君はルルイエを出て記憶を封じ、永い眠りについた。二度と物に力を与えない事を心に秘めて…」
アルベールの瞳が愁いを帯びたように淀む。
「もしかして…私がその生まれ変わりだと…?」
「いや、僕も君もロンザも何千年も昔から変わらないんだ。生まれ変わることなくずっと生きてきた。」
「そんなっ…!?」
カーサは“それを信じろというの?!”と表情で表す。生まれ変わらなかったということは、何千年もの間死ななかったということ。つまり不老不死を意味する。けれどそんな事は絶対に有り得ない…!それなら何故親方は老いているとでも?!
「やはり俄かには信じられないか…。でも裏づけはあるんだ。僕たちがこうして生きてこられたのもコレのおかげ。君も首から提げているだろう?」
アルベールはそう言って服の下に隠すように下げていた首飾りを引っ張り出した。カーサのものと同じ、深い緑の石が姿を表す。少し小ぶりな…しかし石には巻きつくような紋様が彫られている。
「これは“永久なる魔法具”…昔君が僕たちに渡したもの。この石には持ち主の不老不死を保つ魔法が授けられているんだ。ロンザ…君のは既に魔法を失ってしまったんだろう?目はもういいのか?」
「あれから随分と経った。色は変わったが昔と変わらんくらいには回復しているよ。」
「おじいさんも石を持っていたの?緑色の目だったの?」
カーサは立て続けに問いただした。見慣れているはずの親方がいつもと違って見える。
「あぁ…だが今はそのどちらもない。その石は元々ルルイエの緑の泥土を固めて作ったもの。…私のは魔法を失って崩れ、土に還った。私の目もその時にな。その後暫く視力を失っていたが、なに、もう前と変わらず見ることが出来る。」
「私や彼の目も…同じ?」
「アルベールは確実にな。だがお前の目は必ずしもそうだとは言えない。」
「君は特別だから。」
アルベールが最後に会話を付け足す。カーサは振り返って彼を見た。緑の目、緑の石…長く一緒にいたはずの親方よりも親近感が湧いてくる。その心持ちが核心を持たせる。私は本当にルルイエにいたの…?ううん、そんなはずは…。でも私には記憶が無い、私は一体いつから私だったの?覚えていない…長い空白…眠りについていた?私の誕生日はいつ…?聞いた事が無い…私の両親は?
考えれば考えるほどに今まで普通の人と同じだったという思いに矛盾が生じる。ルルイエの言葉にしっくりくる。だけど…嫌…!何が足りなかろうと私は幸せだった…!おじいさん、そんな寂しそうな顔をしないで…。もう会えなくなるわけじゃないんでしょう?!お願い…そう言って…!
「カーサ。」
アルベールの呼ぶ声に無意識に瞑っていた目を開けた。心臓の鼓動があまりに大きく体が同調している。浅く短くなる呼吸が余計に不安を増長させる。
「カーサ、僕と一緒にルルイエに帰ろう。今ルルイエとこの世界には君の力が必要なんだ。」
「…嫌…私行きたくない…」
何もかもを変えてしまいそうなyesの返答はどうしても出来ない。
「カーサ…」
「ねぇおじいさん!行くなって言って!行く必要は無いって…お願い…!!」
カーサは悲痛な声と共に両手で顔を覆った。小さな子供のようなワガママを、カーサはこの時初めてしていた。
「カーサ、お前には帰る場所があるんだ。」
「いいえ、ないわ!私に場所なんてここしかないのよ!」
「そう…ここだよ。」
親方の静かな声にカーサはハッと顔を上げた。
「お前の帰る場所はいつでもここだ。だからどこにだって行ける。いつだって帰ってくればいい…お前の心が命ずるように。」
「おじいさん…」
顔を上げた反動で涙がポロポロと零れる。涙で視界が揺らめいてか、ロンザが初老の男性ではなくかつての青年のようにも見えた。
「お前がどんな気持ちでルルイエを出たのか、私たちはよく知っている…たとえお前が覚えていなくとも。だが私たちが同じくルルイエを出る時にお前をいつした連れ戻すことを約束していたんだ。そのためにその石の力を使おうと。本当は私も一緒に行ってやりたい…だが私はお前を目覚めさせるのに石に秘められた力を全て使ってしまった。…私の役目は終わったんだ。」
「でも…待っててくれるんでしょう?」
「ああ…私の命が続く限り。」
カーサは涙を一度拭ってロンザに駆け寄り抱きついた。寂しいような嬉しいような…そんな気持ちがしていた。今まで装ってきた老翁と孫という関係はそこにはなかった。