…カランカラン

 

エミーネが出て行ってすぐに2度目のベルが鳴る。とても珍しい、立て続けにお客が来るなんて。

「いらっしゃいませ。それと…初めまして、かしら?」

カーサは見慣れぬ青年を見て一言付け加えた。この町には職人の弟子になろうとやってくるものも多い。小さな町といえど、いきなり知らない人が来店したところで特に驚きはしない。

「あぁ…初めまして、カーサ。随分久し振りだね。」

「え?」

明らかに矛盾する言葉を繋げる青年の言葉に、カーサはひどく驚いた。親方ほど堀が深くはないけれど、同じように色黒の肌に黒に限りなく近い茶髪。それに似つかわしくない碧の瞳が印象的に映る。もちろん見覚えがあるわけではない。青年にしたって“初めまして”と言ったのだ。お互い初対面のはずなのに…。

「あの…お会いした事があったかしら?」

「あったと言えるし、なかったとも言える。」

「どちらかと言えば?」

「…“あった”かな。」

青年は碧の瞳で真っ直ぐにカーサを見つめ微笑む。カーサはもう少し何か尋ねようとして軽く口を開いたけれど、曖昧な「あの…」を言い出す直前でそれが止まってしまった。青年の碧の瞳に『どこで会いましたっけ?』だとか『あなたは誰?』だとかの質問をするのが、ひどく無神経に感じられた。知っているはずなのに、名前を忘れてしまってもう一度尋ねる…そんな雰囲気がある。

 

 

 「カーサ、どうかしたのか?」

「…おじいさん。」

何を感じ取ったのか、親方が珍しく工房から顔を出す。

「久し振りだね、ロンザ」

「アルベール…とうとう来たのか…」

一人は老人、一人は若者。それなのに2人は旧知の仲のような挨拶をした。何故お互いの名前を知っているのだろう…?ロンザ…おじいさんの名前を知る人は、この町でもほとんどいないはずなのに。

 カーサはアルベールと呼ばれた青年を見遣った。ふと碧の瞳と目が合う。綺麗な目…瞳の中に見る私の目の、青さをとったらこうなるかしら?カーサは茶色い目の町の人々によく羨望の眼差しで見られていたが、自分ではない他人の澄んだ色の瞳を見て改めて気付く、確かに羨ましくなる気持ちと、異質ささえ感じる神秘さに。

「とにかく奥で話そう。カーサは店番を。誰かが来たら修理は少し遅れると言ってくれ。」

「ええ…分かったわ。」

…だけどおじいさん、今日はもうきっと誰も来やしないわ。それを知っていて店番を頼むなんて…その人は一体誰なの?何故こんなにも懐かしい気持ちになるの?

 カーサは胸元で固く握りこぶしを作った。今まで感じたことのない、独特な胸騒ぎがどうしても収まらなかった。

 

 

 カーサは親方はずっとこの町にいたわけではない。この町には随分長くいるけれど、その前には違う町にいて、その更に前も違う場所にいた…親方がそう言っていた。自分たちが何度それを繰り返してきたのか、何故転々としているのかカーサはずっと知らないままだったし、その割にはこれといった思い出がほぼないことも、ずっと不思議に感じていた。

 さっきの青年は…アルベールは、私のそんな疑問を“それでいいんだ”と思わせる何かがある。本当は誰なの…?本当は知りたい。無意味な店番なら止めにして、2人の会話に加わりたかった。

 

    

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