「いただきまーす!!」

食卓を盛り上げたのもリックとディインのコンビだった。大きめの真四角のテーブルにはナタリーとリック、ディイン、マラとそして5歳くらいの無口な少女が座っていた。おそらくナタリーが“スー”と呼んだその子なのだろう。マラと同じようにやはり首から金属を下げている。食卓にはパンと卵料理、ハムといった朝食ならではの料理が無造作に並んでいた。ナタリーが作ったと思われるそれらが彼女に似つかわしくないほどに無造作に並ぶ理由も、リックとディインにあるとすぐに分かった。食べたいものに食べたいタイミングで次々に手を出していく。実に少年らしい。これでは整然と料理を並べる気がなくなるのも十分頷ける。

「カイって人もちゃんと食べなよー!!」

「ん?ああ…そうだね。」

カイはリックに突然促されて料理を口へと運んだ。特にリックに指摘されるほど食べていなかったわけでもないのだが。

「もう…リック!そんな呼び方はないでしょ!」

「ん〜〜…じゃぁカイ!!」

「カイは大人よ。呼び捨ては駄目。」

「でもナタリーはナタリーじゃん。」

「私のことはいいのよ。」

「ナタリー、私も構わないよ。」

「でも…」

「あはは、ナタリーの負けぇ〜!!」

ディインが食べ物を口に含んだまま審判を下した。目の前のマラがそれに不快感を示すような表情をしたので、ディインは慌てて口を閉じて何事もなかったように食べ続ける。

 

 

 

 カイはそんな中で食卓を見回した。ナタリーとスーは金髪、リックはブロンド、ディインは茶髪、マラに至っては黒髪だ。瞳の色もまったく同じとは言い切れない。特にスーの瞳はナタリーと違って碧眼だ。年齢的には二十歳前後のナタリーの兄弟とは見受けられても、外見がそれにそぐわない。

「…今、あたしたちがどういう関係なんだろうって思ってる?」

マラが鋭くカイの思考を口にする。

「…ああ…実を言うとね。」

「だって僕たちこんなに見た目が違うもんね!」

リックは事も無げに明るく肯定した。

「どういう関係なのか…聞いても?」

「うん、いいよー!!」

ディインが皿の上の卵を上手く掬えず、フォークで何度も音を立てて突き刺しながら答えた。ナタリーがそれに“スプーンを使って”と小さく促す。

「この子達は皆…戦争孤児なんです。」

ナタリーが穏やかな声で答える。

「実を言えば私もそう。だからこうして両親のいない子と一緒に暮らしてるの。本当はこの子達みたいな子供はもっと沢山いるんだけど、私にはこれが限界で…。」

「僕とディインのせい。」

「そう、僕とリックのせい。」

「ふふ…ありがとう、2人とも。」

場の悲壮感を拭うのもリックとディインの役目のようだ。

「あう…あ…」

「何?スー、…ああ…水が飲みたいのね。ちょっと待って。」

ナタリーが席を一旦外す。その隙にマラが小さく“スーは耳が聞こえないの”とカイに囁いた。

「戦争は…もう終わったのか?ここは随分静かだが…」

「いいえ、残念ながらまだなの。」

ナタリーが小さめのコップに水を入れてスーに渡し、横に首を振りながら否定した。

「でも…だからここを選んで住んでいるのが分かるでしょう?ここは戦禍から離れているし、都会に比べれば遅いから…」

「遅い…?」

カイは聞き返したが、ナタリーは再び表情を明るく戻すと食べ散らかすリックとディインに苦言をもらしていた。

 

 

 

 この世界は美しい…おそらく今まで見てきた世界のどの場所よりも静かで安らぐ。澄み渡った空と草原、眼下の崖下には海が広がり、木々が伸びやかに枝を広げている。遠くに見える湖の湖面は、昼間の太陽の光も、夜の月の光も優しくはね返す。ナタリーはそれに負けないほどに美しかったが、戦争の影を確かに背負っていた。時折見せる悲壮感…そしてそれを一瞬で隠して見せる笑顔。それはある意味で助けを求めているようにも見える。

 今までの私ならどうしただろうか。すぐにでも事情を聞きだして動いていただろうか。しかし今はそれが出来ない…そうすることが最善なのかどうかも分からない。また同じ過ちを犯すことがとてつもなく恐ろしい。気持ちに呼応するように右手首が疼く。

「カイ…どうかした?」

「…いや。」

ナタリーの柔らかな質問をカイは少し微笑むように一言で返したが、その真意を隠す術はナタリーほどに上手くはできなかった。

 

        

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