それからまた随分経った。休日が2回訪れて、それでも世界の姿は現れなかった。あの声も長いこと聞こえてこない。もしここが永住の地だとしてもいいとさえカイは思っていた。
「なんか…違うんだよな。」
年長者のウィゴが口を漏らした。
「違うって何が?」
確かにエディは何でも聞きたがるタイプだ。彼の素直な性格でなければ出来ないことだ。
「いや…なんとなくなんだが、昨日と空気が違うんだよ。最近いつもそうだ。俺ぁどうも気になってな。」
「空気?…私にはわからないな。」
「…僕にも。それってどんな違いなの?」
「どんなって上手くは言えねぇな…。例えば…うーん…そうだな、例えば家にコソ泥が入ってそいつが盗みの後を完璧に戻したとしても、何となく何かが違う気がする…それが一番近い。」
「誰かが密かに入って何かを隠してるかもしれないって事か?」
「多分…いや、もしかしたら、な。」
ウィゴは不安そうに微笑む。それがただの思い過ごしならいいのにと思いながら。もしかしたらと言いつつも、彼の表情は物事の確実性を示していた。
だがカイやエディにはまるで掴めなかった。何が違うというのだろう。自分たちにとってはいつもと変わらない炭坑だ。違うといえば、石炭の輸出期限が迫っているせいで仕事が増えているぐらいだ。
「じゃあさ、それを見つけるくらいの勢いで仕事早く終わらせちゃおうよ!僕もうお腹空いちゃって…」
「そうだな。」
仕事を早く終わらせるに越したことはない。この炭坑に嫌な雰囲気を感じるならなおさらだ。
(…?腕が…)
カイは右腕に何かを感じた。光っているわけでも痛むわけでもなく、右腕がビリビリと痺れるような感じがする。前にもどこかで同じ感覚があったような…。
「?なんだこれ?」
エディは鶴嘴の先からこぼれ落ちた何かを見て独り言を言った。岩のカケラじゃない。それにしては側面が丸みを帯びている。配線が岩の間を伝い、筒が束になったような、これって……?!
「カイ!ウィゴ!大変だよ!早くここから…」
その時、全てが同時だった。爆発音、轟音、地響き、落石、振り向くカイ、見えなくなるエディの顔、痛む右腕、クリフォスの光…
一瞬気を失っていたのか、次に目を開けた時、なにが起きたのか全く把握出来なかった。ただ…自分の体が赤い光に包まれているのが分かる。この周りの空洞は単なる偶然か、それともクリフォスが私を助けたのか?カイは僅かに頭を動かし周囲を見回した。四方は完全に塞がれている。落盤…?いや、粉塵に混ざって火薬の匂いがする。轟音と地響きに先行した爆発音。背後から声がした…エディ…
「エディ!」
カイは意識が途端に覚醒したように起き上がった。仄かに赤い光に照らされる暗い空洞では、方向が全く分からない。とにかく目の前の岩に触れてみる。全身がクリフォスの光に包まれている今の状況では、右腕でなくとも岩を塵にすることが出来た。不思議だ…今のクリフォスは私の思ったとおりの場所だけを消していく。
「カイ…か?」
「ウィゴ!」
消した岩の向こうにウィゴがいた。彼はうつぶせの状態で巨大な岩の下に挟まれている。
「お前は…無事だったみたいだな…」
「あぁ大丈夫だ。しっかり!」
カイは両手で岩に触れた。巨石は最初こそゆっくりと、しかしすぐに消え失せた。
「大丈夫か?少しそのまま待っててくれ。」
ウィゴにそう言うと、カイは反対側を振り向いた。ウィゴがこちらにいるなら、エディは私の背後にいた。再びカイは両手を岩に付いた。早く…早く消してくれ…!
しかしいくら岩を消しても、エディの姿は見えなかった。エディ、あの一瞬に移動したのか?それとも見当違いの場所を私が探しているのか?
「エディ、エディどこにいる?!」
応えてくれ…!頼むから…私は君を失いたくない…!
カイはあちこちに手を触れた。しかし岩の先は岩、その先もまた岩の繰り返しだった。