ズドドオォォォ…ンッ!!!
轟音が響いた。この間の休日から2日経った午後、鉱山全体が揺れるような地響きが襲った。
「わわっ!何なに?!」
隣りにいたエディが真っ先に驚きの声を上げる。カイたちが今いるのは炭坑の入口から200メートルほど進んだところだったが、外から響いたそれは会話がとぎれるほどだった。その場にいた男達は手を止め、各々が身近な者と目を合わせ不安な表情を浮かべている。
「カイ、何があったんだろう?」
「分からない…だが…」
カイの脳裏には鉱山に初めて来た日の光景が浮かんでいた。埋もれた炭坑、鎮魂の花々…まさか同じことが起きたのか?一体どこで…。
「撤収!撤収だ!!」
入口から伝言のように様々な声が響いてくる。
「何?なんで?!」
ざわつく炭坑でエディの大きな声が聞き返した。
「第2で落盤だ!こっちも誘発するかもしれない!早く!!」
その声をきっかけに、男達は我先に炭坑から出ようと走り出した。パニック状態に陥っている。その上落盤の余波でまた地面が揺れ、場はますます混乱するばかりだ。
「うわぁ…!どうしよう、カイ早く出よう!!」
「分かってる。落ち着くんだ、エディ。」
カイは少し厳しくエディを諫めると、エディの持っていた道具を代わりに持って彼に前を走るよう促した。カイは時折後ろを振り返っては、自分達が最後尾であることを確認し出口へ急いだ。ただでさえ息苦しい炭坑、凸凹した足元、手放された道具に焦る気持ちが出口へ急ぐ足を鈍らせる。それでも何とか炭坑を出ると、幸いにも第5炭坑は落盤がなかったものの、カイの右手側、西の方に真っ黒な塵や土埃が空高く舞い上がっているのが見えた。
「大丈夫だったか?」
同室のカロンがすぐ側にいた。
「もうすごく怖かったよぉ!!カロンこそ大丈夫だった?」
「あぁ、俺はちょうど外にいたから…。」
「第2炭坑はどんな様子だ?」
「まだわからない。でも大きな落盤だったから怪我人がたくさん出たかもしれん。」
カロンは相変わらずの強面だったが、それがためにとても冷静に見えた。確かに彼の言う通り、場が混乱していて正確な情報はまだ届いていない。だがやがて疎らに炭鉱の責任者らしき人物が数人やってくると、新たに指示が出た。
「医療をかじったことのある者や器用な者はメイン宿舎へ!それ以外の者は第2炭坑へ向かい救助せよ!」
同じ台詞が、その場にいる全員に伝わるよう何回も繰り返される。
「カイはどうするの?」
エディが聞く。
「私は第2炭坑へ行く。」
今この世界での状況が知りたい。
「じゃあ僕も行く!カロンは?」
「俺はメイン宿舎に行くよ。二人とも気をつけてな。」
「ああ。」
それだけ言葉を交わすと、カイとエディは土埃の舞う第2炭坑へと走り出した。
第2炭坑は騒然としていた。早くに第3炭坑の男達が救助に取り掛かっており、粉塵を抑えるために水を撒いていた。その周りでは数十人の負傷者が応急処置を受けている。
「うわ…、これって…」
エディがたまらず悲痛な声を上げる。
「早く!早くしてくれ!まだいるんだ!埋まってる…あいつら死んじまうよ…!」
近くから泣き叫ぶような声がした。その声だけじゃない。あちこちで助けを求める声がしている。
「中にはまだどれくらい?」
カイは近くにいた軽傷の男に尋ねた。この人はたまたま外にいて助かったのだろう。
「わからねぇ…。でも30人以上いるはずだ。」
「あ、カイ見て!救助が始まるみたいだよ!」
カイは素早く炭坑の入口に目をやった。大型の機械を使うわけにはいかず、落盤した岩を人の手で取り除くようだ。カイはそこへ走り寄り、炭坑の最前列に立った。
彼は大きく静かに息をはいた。落ち着いて、力を制御して使うんだ。間違って中にいる人に力が及ばないように、誰かに見られないように…。カイは自分の右側に炭坑の壁面がくる位置についた。右腕は久しぶりに赤く淡い光を帯びた。それをそっと岩に近付けると、いとも簡単に岩は塵と化した。使える、大丈夫だ。あとは私次第なのだから。
カイは左腕で岩を持ち上げるようにして右腕が常にその影になるよう努めた。右腕が岩に触れる。それだけで岩は軽くなる。苦戦する他を尻目にカイの立ち位置のみどんどんと堀進められていった。
「大丈夫か?!」
カイは岩からのぞく腕を見つけて呼び掛けた。腕が微かに動く。
「今岩をどける!」
カイは目の前の岩に右腕をかざした。もはや人目を気にしている場合ではない。それに自らが掘り進んだ一人分の小さな洞穴の中にカイのみがいる状態だ。大勢に見られる可能性は低い。
「エディ、エディ!そこにいるか?!」
「いるよ!」
「彼を…この人を頼む!」
カイは塵と消えた岩の下から担ぎ出した男をエディに渡した。それが済むと再び目の前の岩に右腕をかざし、次々と消していった。中から一向に岩が運び出されないことに不審に思う者もいただろうか。だがあちこちから声が聞こえる、「助けてくれ」と。カイは何人も何人も岩の下から男たちを助け出した。中にはもう返事のない者もいたけれど。
「誰か…出してくれぇ…!」
どこからか新たに声が聞こえた。だがどこだ?暗闇とはいえ、慣れた目で見えないはずはない。
「どこにいる?」
「わからねぇ…でもあんたの声は近くに聞こえる…」
呻くような声だ。確かに近くに聞こえる。目の前の大きな岩の向こうから。カイは何かに気がついて屈んだ。穴だ。小さな穴が僅かに開いており、その中に男の姿が見える。
「いた!今行く!」
カイは立ち上がって右腕の光を強めようとした。しかし同時に足元が揺れた。落盤の第2波だろうか。待ってくれ、もう少しだけ…。
「カイ!早く出て!」
エディが中に入って来た。その拍子にクリフォスの光が消えてしまった。まだ岩の向こうの男を助け出していないのに。
「分かってる!だけどまだ人が…!」
「だからってカイまで埋まるつもり?!ダメだよ、そんなの!」
エディがカイの光の消えた右腕を掴んで引っ張った。
「しかし…」
カイは躊躇した。だがそんな間もなく頭上からパラパラと落盤の予兆がある。そこへ男がもう一人飛び込んできて、無言の内にエディに力を貸してカイの腕を強く引いた。
「待ってくれ…!出してくれ!頼む…!!」
岩の向こうから悲痛な声が響く。洞穴に、耳に、頭に…。カイにはもうどうすることも出来なかった。自分が無理にでも踏み止どまれば、助けようとしてくれているエディたちが巻き添えになる。それは分かってる…なにを優先すべきかよく分かってるんだ。でも…!
ガラガラガラ…と音を立てて第2炭坑は再び岩によって塞がれた。カイやエディたちは間一髪炭坑から出ることができたが、男たちが掘り進めた十数メートルの救出口は、多くの人命を伴なって消えた。カイは頭も心も真っ白だった。「行く」と…「助ける」と言ったのに。
涙は出なかった。しかしその代わりに何も考えることも出来なかった。