炭坑での作業が3日も過ぎると、同室の人達とはエディを中心に随分仲良くなった。ゴーノの家は大家族で普段の食事も似たようなものだと笑って言っていたし、ウィゴは元大工の年長者で鶴嘴の使い方がうまい。エスパーダは本の虫、ベッドサイドや枕の下に沢山本を詰め込んでいて、カロンは強面だが妻子に金を送るために進んで動員に応じたのだという。エディはまだ10代後半で何故動員されたのかと不思議に思っていたが、どうやら兄の代わりに来たらしい。
「父さんが死んで兄ちゃんがうちの工場を継いでさ、今やっと安定してきたし、僕が家を出れば負担も減るだろ?だからさ。」
いつもの調子でにこやかに言ってのける。オックスが食堂で言っていたように炭坑での仕事はギリギリではあったけれど、カイはとても穏やかな気持ちだった。こんな風に単なる友人は初めてだったし、彼らと一緒にいるのは楽しかった。最初こそ皆右腕のクリフォスの痣を聞いてきたが、それも慣れてくると気にしなくなっていった。周りも、そしてカイでさえも。
やがてカイたちにとって初めての休みの日がやってきた。この炭坑では週末が1日休みになっており、その上給与も週払いのため、この日は家に帰る者が多い。カイのルームメイト5人もそれぞれの家に帰郷し、残ったのはカイだけだった。エスパーダが本を数冊貸してくれたため、カイは一人静かに読書に耽っていた。
「おぅ。」
聞いたことのある声がした。部屋の戸口にオックスが立っていた。
「オックス…」
「あんたなら俺を覚えていると思ったぜ。一週間振りだな。家には帰らないのか?」
「あぁ、帰る場所なんてないから。」
カイは本を閉じてベッドサイドに足を下ろした。
「そうか、じゃあちょっと来ないか?この前話が途中だったろ。こっちには似たような奴等がいるぜ。」
「…似たような…?」
カイは少し心に引っ掛かるものがあったが、取りあえず立ち上がり、戸口へ歩いていった。
オックスはカイを第4炭坑の宿舎の方へ連れていった。第5炭坑とは雰囲気が随分違う。全体的に薄汚れた雰囲気であり、雑然とした各部屋の様子は長いこと炭鉱で働いている者たちの存在が見え隠れしている。オックスはカイの予想に反して宿舎の外に出た。彼はまだ何も言わない。だがこの前のことも考えると、何かの秘密グループのアジトに連れて行こうとしているのか。悪いことに繋がっていないといいが…。
「ここだ。」
オックスは炭坑にかなり近い所の、死角になるように窪んだ場所を指した。そこには既に数名いる。
「そいつか?」
一人がぶっきらぼうに尋ねてきた。
「そうだ。第5配属のカイだ。右腕にあんだろ、例の…」
「…ああ、なるほど。」
「私の右腕が何なんだ?」
カイは不審に思って聞いた。クリフォスについて何か話していたのか。それとも思う所があるのだろうか。
「あんた、前にその右腕のこと聞いた時、痣だって言ったよな。だけど知ってるぜ。それは『逆しまの樹』だ。そうだろ?闇の印、悪魔の陰謀、そんなものがくっきりと浮き出ていて痣はないだろ。」
「『逆しまの樹』?」
聞いたことがない。だが…そうだ、私は知ってる。あの声が導いたかのように、記憶の中に残ってる。対になる樹だ。クリフォスは“ある樹”を逆さまに表したもの。だから別名が『逆しまの樹』。正位置の光の象徴は…名を何といったか…。
「…何が言いたい?」
カイは少しだけ眉根にしわを寄せた。クリフォスを知っているくらいだ。大体のことは見当がつく。
「俺たちのグループに入れ、カイ。第5の奴等といるよりずっと馬が合うはずだ。」
「どうだか…。何が目的だ?」
カイは強気な笑みを浮かべていた。
「この炭鉱をぶっつぶす。」
窪地の奥から凄んだ声がした。
「それはあくまで最終手段だ。少し慎め、ロアルト。」
「穏やかじゃないな。」
「まぁな。だが安心しろ。経済府が要求を受け入れりゃそこまではしない。」
「ではどこまでならやるつもりだ?」
カイはオックスと言葉の駆け引きをしていた。もちろんカイはオックスたちのグループに入るつもりは毛頭なかったけれど、情報が必要だった。