昼過ぎから本格的に作業が始まった。息の詰まりそうな炭坑の中、明らかな飽和状態で男たちが働いている。カイは第5炭坑のやや新しい洞窟にいた。もちろんエディも一緒で、最近配属された人はひとまずこうした新しい洞窟に配されているらしい。一連の仕事の概要と道具、仕事のローテーションを割り当てられて、あとはひたすら働くだけだった。
「息苦しいね。」
エディが言った。
「ああ。まだ数百メートル地点なのにだいぶな。」
「いきなり動員の手紙が来て、もっと厳しいのかと思ってたけど、そうでもないね。」
「そうだな。」
確かにエディの言うとおりだ。誰かが監視しているというわけでもないし、話すのも一息ついて手を休めるのも結構自由だ。だがこれが全てという訳ではないだろう。何しろこの炭坑にいるのは昨日今日来た人達だ。それに各地に石炭を運ぶのにノルマがあるに決まっている。
「カイってさ、時々そんな風に考え込むよね。」
そういうエディはいつも唐突に話し始める。
「え?ああ、癖でね。」
「ちょっと羨ましいな。僕はさ、思考が口から漏れてるってよく言われたよ。でもなんか喋らずにはいられないんだよね。あ、これ持って行くね。」
エディは話すだけ話すと、石炭がいっぱいになったトロッコを外へと押して行った。カイは表には出さないけれども、エディといるのが楽しかった。それはまだこの世界で何も起きていないことも関係しているのだろうが、それでもニコニコと話す様子は、カイを闇の負い目から解き放つようだった。あの双子の姉妹・トナとトマがここにいたなら、さぞ騒がしいことになっただろうに。カイはそれを思ってフッと笑った。それが叶う日は来ないとは分かっていても。
日が沈み、太陽の光が全て消え去った頃、炭鉱では夕食の時間となった。一人に割り当てられるのは少し大きめのパンと肉入りのスープだけ。一日働いていた男達には少な過ぎる量だ。だが無理もないこと…か。第5と第4炭坑共同の食堂だけで100人以上はいる。これだけの人数に平等に振り当てるには、一人当たりの単価はどうしても下がる。
「よぉ。」
低い声がした。エディではない。エディは今、配膳カウンターで量を増やしてもらおうと中年の女性に懇願している。
「何か?」
「いや…ただご大層なモン彫ってあんなって思ってさ。」
「これか?これは痣だ。」
「へぇ…そうは見えないけどな。」
男はカイの横のイスに軽く腰掛けた。
「あんた、名前は?」
「カイ。」
「俺はオックス。第4炭坑配属だ。」
オックスはカイと同い年くらいのガタイのいい青年だった。こげ茶色の髪に無精ひげ、炭坑での黒い汚れが肌に染み付いてしまったかのようで長い間働いてきていることを示していた。
「お前また随分小さいパンだな。飯ぐらい欲張れ。」
「そうだな。だがあまり食欲が湧かないんだ。」
それは今この瞬間に限ったことではなく、いつでも食への欲はさほどなかった。今こうして世界を回っているから食べている、それが一番近い。
「まぁ、ここじゃあ燃費と働きの悪い奴は生きて行けねぇしな。これだけの食事でバリバリ働く!奴等の理想はそれだ。ところでちょっと話があってな…」
「あれ?カイの知り合い?」
エディが戻って来た。そこ僕の席なんだけど、と言おうとしてやめていた。
「いや、ちょっと話してただけさ。じゃ、また今度な。」
オックスは立ち上がってさっさと席を後にした。
「あの人、何だったの?」
エディが椅子をがにまたで跨ぎながら聞いてきた。
「さあ?たぶん私を何かのグループに誘おうとしていたのかも。」
「ふぅん、そうなの?」
「たぶん。何人かこっちの様子を伺ってる気配がしたから…。誰だかは特定出来なかったけど。」
「その右腕、目立つからね。」
エディは心底屈託がない。
「そうだね…。」
カイはエディの素直な言葉にほほ笑みはしたものの、右腕に不安そうに触れた。クリフォスを痣だと通すのも無理があるかもしれない。別に自己顕示欲があるわけではないのだけれど…。他の人達が、とりわけエディが危険なことに巻き込まれるのだけは阻止しなければ。