大聖堂の輝くばかりの白壁と違い、図書館の壁は灰色に薄汚れていた。かといって、ツァラトラの建物ほど茶色くも古くもなく、オルタスがソロラスを治めたという半世紀前の質感を思わせた。扉にも柱にも立像の男を思わせる彫刻があり、オルタスの民が大聖堂の次に大切にしているのだろうとカイは思った。

前を歩いていたダルはふいに立ち止まって脇によけると、図書館の上部の模様に気をとられて歩くカイを自分より前へと誘った。そのままダルが話しかけなければ、カイは図書館の列を乱して建っている柱に真正面からぶつかっていたかもしれない。そんな実に危ないところで、カイはダルに話しかけられて立ち止まり振り返った。

「ではカイ殿、中ではくれぐれも気をつけて。」

オルタスにか、それともどこかにぶつからないようにか。

「ダルは入らないのか?」

「ええ。俺はオルタスの建物には入らないと決めているのです。ここで待っていますから。」

「それなら待つ必要はないよ。いつまでかかるか分からないし、先にツァラトラのテント村に帰っていてくれないか?」

「そういう訳には参りません。俺は護衛の神官ですから、あなたを無事にツァラトラまでお連れするよう、それが俺の務めです。」

「しかし…、このまま真っ直ぐツァラトラに帰るとも限らないんだよ。」

カイは半ば躊躇しながらも続けた。

「全てが済んだらツァラトラに帰るから。」

吉と出るか凶と出るかと賭けに出たカイの発言は、負けに終わった。ダルはその言葉にギラリと鋭くカイを見据えると、ぴしゃりと一言言い放った。

「ならば尚更です。」

結局カイはそれ以上ダルを説き伏せることが出来ず、ならべく早く戻ると約束して、一人図書館へと入って行った。

 

 

 普通図書館というのは静かなのが常だが、オルタスの図書館は他のどこにもまして静まり返っていた。カイの他に閲覧者はおらず、わずかに数人司書と思われる人物がカウンター越しに座っているか、奥の部屋とこちらとを行き来しているだけである。カイが彼らに話かけなかったように、彼らもまたカイを一瞬見ただけで何も言わなかった。

 図書館内は本また本の山だった。そびえる棚に整然と本が並べられ、そのどれもが埃っぽく黴臭いような古い物ばかりだった。巡礼のためだけのこの街で新刊を入荷するに必要ないからだろう。あらゆる分野の古い本は、それだけでカイの興味を引いた。

中でも『闇の徴と神の思惑』というタイトルの本にカイは最も魅かれた。その背表紙に描かれていたのは、根と葉の逆さまになった樹でまさしくクリフォスだったのだが、図書館の前で待つダルを思ってカイは無理に見なかったフリをした。

 そうして棚の間を歩いて、哲学・地理・科学・天文学と進んで行き、ようやくカイの期待に応えるような宗教・史学の棚に辿りついた。さすがに聖地の図書館なだけあって、その棚の蔵書数は異常ともいえるほどだった。カイはその中でも迷わず最古と思われるボロボロの本を開いたが、見慣れない文字が並ぶばかりで何一つ分からなかった(どうやら古代のオルト語らしい)。

その本を戻し、同じくらいの大きさで少しだけ新しく見える別の本を手に取った。本紙は黄ばみ、文字のインクも薄くはなっていたが、カイにも読める文字で書かれていた。カイはその場に立ったまま、決して薄くはない本の1ページ目から読み始めた。その本にはオルタスの歴史が細かく記してあった。

 

 

        

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