「ソロラスがオルト人に渡ることになったのには2つ理由があります。一つは今言ったように大戦の犠牲による同情のため。もう一つは大戦から発展するためでした。我が国コルークも連合国も、またそれ以外の国も、先の大戦で多大な被害が出ました。そしてそこから発展するには資源が必要でした。ソロラスに眠る地下資源、父が多少強行な手段を取ってでもソロラスを手にしたい理由はそれでした。」

「その強行な手段というのが、ソロラスからツァラトラを退去させたことと…それにオルタスとツァラトラに対する二重外交だったと?」

カイはすかさず言った。

「…そうです。父はまずツァラトラの民をソロラスから離れさせることを第一条件していました。というのも、地下資源を聖なる物と崇めるツァラトラ相手では、資源を手にできないことなど目に見えていますからね。その点オルタスはそれを忌み嫌っています。だからこそ一刻も早くソロラスをオルタスの民に引き渡す必要がありました。」

ダルは尚も黙っていた。だが歯を食いしばり、怒りで汗がにじんでいた。カイもジークも彼を気遣うように見やったが、カイは話を終わらせようとしなかった。真正面から向き合わなければ真実は手にできない。それに今まで間接的にしか互いを知らなかったのだ。直接対峙することで得るものは大きい。

「それでもツァラトラに僅かばかりの資源を与えたのは、彼らに対する慰めですか?」

「そんな優しいものではありません。事態を丸く収めるためです。父は生前ツァラトラの民を非常に好戦的な民族だと申しておりました。物事を平和に…平和に考えられないのは…愚かだと。」

ジークは伏し目がちに途切れ途切れ言葉をつないだ。

 

 

 「誰の…誰のせいで…!」

ダルは歯を食いしばり勢いよく立ち上がった。カイはそれに気付き自分も咄嗟に立ち上がると、両手を広げてダルを真正面から受け止めた。

「誰のせいで戦っていたと思っているんだ?!あんたらの勝手な同情や政策で俺たちがどれだけのものを犠牲にしてきたか分かっているのか?!本当は戦いたくなんてなかったのに…!!聖なる戦いの果てに報われると信じていたのに!!」

「ダル!駄目だ…!!落ち着くんだ!」

いや、本当は分かっている。自分たちを欺いてきた人達を前に今更落ち着けるはずがない。でも…!

「俺たちにとって、あの地があの泉がどんなにかけがえのないものだったか!!どうしてそれをお前たちに奪われなければならないんだ!こんな…こんな理不尽なことが…!!」

ダルの体はカイよりも一回り大きい。どんなに踏ん張って正面から止めていても、カイには十分に止めることなどできない。カイは膝の後ろを何度も背後の硬いテーブルにぶつけた。

「ダル、頼むから!落ち着いてくれ!!」

熱い…。カイは右腕が熱くなるのを感じた。指先からジリジリと焼け付くような痛みが肩へと這い上がっていく。

「うっ…ぐ…!!」

あまりの痛みにカイの顔に一気に汗が吹き出した。カイは自分の右腕を見た。クリフォスの赤い光は鮮やかに強く光っていた。カイは左腕だけで渾身の力をふり絞ってダルを突き飛ばした。カイにはクリフォスの光がひどく攻撃的に見えたからだ。ダルはカイに突き飛ばされて改めて赤い光に気がつき、ようやく正気を取り戻した。そしてそのままよろめくように背後のソファに座り込み、両手で頭を抱えるようにしてがっくりと肩を落とした。ジークも初めて見た光に動揺はしたものの、取り乱して声を上げるようなことはなかった。部屋の中は左腕で爪が食い込むくらい強く右腕を抑えたカイの、上がった息の音しかしなかった。

 

 

 「本当は…」

ややあってジークの声がした。カイが振り向くとジークは両手をテーブルにつけて頭を下げ、その体勢で話し始めていた。

「本当は気付いていました。父の政策には決定的な落ち度があると。気付いていながら、自分の中で必死に否定していました。父を…悪者にしたくなかったのです。国の発展だけを見て、ツァラトラの民を顧みませんでした。父の英雄像が私の誇りでした。けれど…」

ジークは震えるような深呼吸をした。

「時が経てば経つほど、私の考えの過ちを思い知らされました。早くツァラトラとオルタスの戦いを鎮めて、両者に打診するべきだと考えていましたができませんでした。今更どんな言葉をかければいいのか全く浮かばなかったのです。そうして躊躇を重ねたことで、いつしかソロラスへ赴く一歩が踏み出せなくなっていました。ただ待っていても何か変わるわけではないと知りながら…。」

ジークは顔を上げてダルを見た。ダルもまたジークを見た。二人とも目が真っ赤だった。

「ツァラトラの民よ、私たちは許されざることをしました。今更許して頂こうとは思いません。けれど今からでも歩み寄りたいと思っています。今度はツァラトラ、オルタス、国際政府それぞれがお互いのことを考えていけるように。」

「俺も…ツァラトラもそう思います。あなたとならきっと実現できますから…。」

ダルはツァラトラ式の深いお辞儀をした。ジークも見よう見まねで同じようにお辞儀をして返した。カイはその様子を見ながら、自分の右腕のクリファがまた一つ浮かび上がるのを感じていた。

 

 

        

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