「あなた方がツァラトラの民とそのお連れの方ですね?」
コルーク人の男性は二人に十分近付いてから尋ねた。
「ええ。彼がツァラトラの神官ダルで、私は彼らの世話になった者でカイと申します。」
「初めまして、ダル様にカイ様。私が国際政府宗教民族部長官のジーク・ポールです。如何なるご用でお越しになったのか存じませんが、どうぞこちらへ。私の部屋で伺います。」
少しカールしたような茶色いくせっ毛のジークは、そのせいで実年齢より幾分若く見える。実際には50歳近い年齢なのだが、スレンダーな体型も手伝って40歳そこそこに思えた。
ジークは来訪者二人を建物の14階に連れていった。エレベーターからは北に広がる町並みが、地の途切れる所まで続いている。初めてのエレベーターに戸惑いどこか落ち着かないダルの故郷は、茶色い世界に点在する影くらいにしか見えなかった。
「少しここでお待ちを。人払いをしてきます。」
そういってジークは14階のエレベーターホールに二人を残した。その姿が曲がり角で見えなくなると、カイはようやく再びダルに話しかけた。
「ダル、何があっても…何を聞いても落ち着いていて欲しい。そうすれば私は…」
あの力を使わずに済む…
「…私は君に真実を伝えられる。」
カイは自分の心に一番に浮かんだことを飲み込んだ。ダルは何となく分かり始めてきたのか、カイの言葉に一瞬目線を下に向けたが一応は承知した。カイはそんな彼の肩を軽く2回叩いた。
ジークが二人を通した部屋はとても文明的だった。茶色いゆったりとしたソファがテーブルを挟んで向かい合っており、観葉植物が扉の近くと窓の辺りに置かれている。その窓は横に長い長方形で、視界いっぱいに空が見渡せる。ダルは見慣れない多くの物に気を取られ、キョロキョロしていたうちに着席を勧められたのに気がつかなかった。
「それで今日はソロラスのことでいらっしゃったと聞き及んでおりますが。」
ジークは最後に腰掛けて切り出した。
「ええ、できれば60年前にソロラス状勢に関わった方にお会いしたいのです。まだご存命ですか?」
「いえ…数年前に他界しました。私の父でした。」
「そうでしたか。」
カイは少し目を伏せた。
「ですが、私は生前の父からよく話を聞いておりましたし、それ以外でも父の手記を読んだりしました。私の口から父の言葉を伝えることはできます。」
ジークの目は真っ直ぐに二人を見ていた。ある種の決意をのぞかせる目だった。
「…私が知りたいのは60年前にソロラスがオルタスの民に渡った経緯です。あの場所にはツァラトラの民が住んでいたことは父上もご存じだったでしょう?」
「もちろん存じておりました。」
ジークは前屈み気味に座って両手を組み少しうつむいている。
「そもそもの始まりは80年前の大戦です。その中で一番大きな犠牲を出したのはオルト人でした。数の問題ではありません。彼らは自国を持たず流浪する民。そのために戦局が悪化すると、その時滞在していた国の兵士として駆り出されました。時にはオルト人同士が敵として対峙する場面もあったと聞きます。それでもオルト人は反乱を起こしたりしませんでした。何しろ彼らは“全うする者”。我々はそこに付け入ったのです。」
ジークは話したくないことを話す時によくある一呼吸をおいた。カイは口を挟まなかった。
「大戦が終わり、犠牲の詳細が明らかになると、多くの者がオルト人に同情しました。そして彼らに報いるために彼らの聖地を見つけて与えたいという考えに至りました。その地こそがソロラス。しかしそこには 既に別の宗教民族、ツァラトラがおりました。」
一人の男が怒りをふつふつと燃え上がらせているのに、他の二人は気付いていた。ダルはカイに言われたことを守ろうと必死だった。彼の残っている左手は堅く握られ、怒りと忍耐に震えている。ジークは次の句をためらっていた。だがふとあったカイの強い目に促され、一度目をぎゅっとつぶり口を開いた。