「何をしているんだい?璃子。」
突然名を呼ばれ、璃子は慌てて振り返った。いつものように静かに公三郎が現れる…いつでも不可解な考え事をしている時に限って。
「若様…いえ、少し探し物を。大変失礼を致しました…!」
璃子はふと自分のいる位置を再確認し、転ばんばかりの勢いで墓前へと戻った。
「ふふ…門限が厳しくなってさぞかし退屈なのであろう?」
「いえ!退屈などと…。それに自業自得によるものでもありますし。じき制限が解かれ、再び若様のお遣いに励みたい所存でございます。」
「そう願うよ。でないと色々困るものでね。ほら…桔梗もとうとう枯れてしまった。」
公三郎はそう言って流し目に墓前の花を見遣った。枯れた花弁が数枚、また風に舞う。
「ところで探し物が見つかったのかい?」
「いいえ…それがまだ…」
璃子は俯いて先程まで公三郎が目線を向けていた枯れ桔梗に目をやった。公三郎を前にしておきながら、思考は尚も嫡男の名を探していた。本当は事を大きくすべきではないのだろうけれど、卒塔婆にもないとあってはこれ以上一人で探しようが無い。何よりも公三郎は倉を開ける権限を持っている…突破口になるのなら…
「…若様はご存知でしょうか?」
「璃子の探し物をかい?」
「はい、その…若様の兄上様の事を…」
「兄上の事を?だが兄上は幼い頃にお亡くなりになった。今更何を探すというのだね?」
「痕跡でございます。」
璃子の即答に不可解に公三郎の眉根が動く。にこやかだった表情が途端に陰る…その顔に落とした影は、以前自らの母に見たそれよりもずっと濃いものだった。
「兄上の痕跡を…?」
恐ろしいくらいの響きを含んで公三郎は聞き返した。璃子は公三郎のその様子に思わずたじろぎ、一歩退いた。′は災いの元という教訓が今更ながらに押し寄せる。
「も…っ…申し訳…」
「いや、謝ることはない。だが何故今それを探すのか、申しなさい。」
公三郎は畏縮する璃子を前に、先程までの影を一瞬で取り払い穏やかに尋ねた。しかしいつものにこやかさは、すっかり鳴りを潜めてしまった。恐怖…不安…罪悪感、なんともいえない気持ちが璃子の中に交錯する。
「それは…」
言うべきか、言わざるべきか…セイ殿のこと。若様ならば真実を分かってくださる可能性は高い。だがそれで全てが良い方向に向くなどとは何故だか微塵も思えない。しかし現状が八方塞がりである事は確かだ。疑心は心の鬼を呼ぶ。だが…
「それは退屈しのぎのようなものでございます。若様の仰るとおりに。」
吉と出るか凶と出るか…璃子は今にも引きつりそうな笑みを浮かべて返答した。セイの言った≠ワだ時期ではないという言葉が、璃子の言葉を紡がせていた。
「命日が近いこともありますし、花を摘んで来れぬ分、せめて鮮明に思い出して差し上げようと…」
自らの主人に対するこれはある種の裏切り…しかし半分以上は真を申し上げた。心に強い罪悪感を感じていながら、あらゆる理由をつけて“悪いことはしていない”と言い張る自分がいる。そう思うことが既に∴ォいことなのかもしれないが。
「なるほど…それで卒塔婆を探していたというわけか。しかし兄上のものはなかっただろう?」
「え…えぇ!しかしそれは何故なのです?」
璃子は思いもよらない公三郎の言葉に思わず顔を上げた。まるで全てを知っているかのような公三郎の物言い。璃子は貪欲な気持ちを宿して、公三郎を強い目線で見つめ返した。先程まで到底合わせられないと思っていたその目を公三郎に合わせる。嫡男の事を何か一つでも多く知らなければ…その根源の掴めぬ使命感が、大きく響く鼓動に拍車をかけていた。
「璃子は瑠璃姫と兄上がお亡くなりになった理由を聞いたことがあろう。」
「は、はい。」
璃子は大きく見開いた目を一時も公三郎から離さず頷いた。瑠璃姫様とご嫡男が早世なさった理由…それは…
「それは鬼に…鬼に憑り殺されたのだと…。」
未だ畏縮がちに璃子は答えた。真偽の程は定かではないが、暗黙の了解のうちに二人は鬼に殺されたのだと誰の間でも囁かれていた。
「そう…けれどそこにはもう一つ隠された話がある。知る者は少ないがね。しかしそなたもそろそろ知って良い頃だろう。」
公三郎はそう言って墓前に向けていた視線をゆっくりと璃子に合わせた。その表情にはいつもの柔和な穏やかさが知らぬうちに戻っている。