その頃、双姫神社は未だ混乱の極みであった。方々探しに出ていた面々が一度神社に戻ってみても、誰一人昴を見つけたものはいなかったのだ。

「・・・一体どこに行ったのじゃ、昴・・・」

 ひこばえは拝殿の階段に立ってベソをかいている。一方青葉闇は昴のいなくなったことなど何でもないような態度で鼻歌を歌っていたが、彼が天邪鬼であることを踏まえれば、心配のほどは推し量れるものだった。

「昴くんを見失ったっていう洋館にはもう一度行けないの?」

「無理じゃ・・・物があれば話は別だが、先ほどのは昴の意識を辿って行き着いたのじゃ。昴が居んことには、わしにはどうにも・・・」

「そうか・・・」

 術を無くして、友泰も落胆に肩を落とす。

「な、な、犬っころがなんぞしておるぞ」

 青葉闇が言うので、慌てて狛犬たちを見遣ると、二人は盛んに耳を動かし、短い鼻先をヒクヒクと鳴らしていた。

「どうしたのじゃ?双姫」

 すると佐保と竜田は互いを見合わせ、一鳴きすると二人して茅の輪へと走り出した。佐保はそのまま茅の輪に飛び込んで一瞬で姿を消し、竜田はその前で立ち止まった。そして呼応しあうように、普段静かな二人が鳴き続ける。

「あ・・・あ・・・昴?!」

「昴くん!」

 ややあって、佐保を連れ立った昴が茅の輪から姿を現した。佐保は歩きながら何度も昴の足に飛びついて、竜田もそれに倣って巻き毛のしっぽを振って飛びつく。

「あ、良かった。やっぱりこっちの方角だったんですね」

 昴はふーっと安堵のため息をついた。

「こっちの方角?」

「ええ、ここの気配を辿ってはいたのですが、途中で分からなくなってしまって。佐保が来てくれて助かりました」

 昴はばつの悪そうに笑う。彼らが自分を捜して走り回ってくれていたのは、一目見ればすぐに分かる。

「昴!どこに行っておったのじゃ?!わしは・・・わしは・・・」

 拝殿から出ることのできないひこばえは、ぎりぎりの縁に立って顔を真っ赤にしていた。

「ごめんね、心配をかけたね。ひこばえ」

 昴はそんな座敷童子を見遣ると、その側に膝を付いてひこばえの頭をなでた。ひこばえは堪えきれず、昴にしがみついて、わっと泣き出した。

「本当にどこにいたの?昴くん」

「僕も行ったことがないところでしたよ。あれがきっと哀しみの深淵というのでしょう」

「哀しみの・・・?」

 よく分からないまま友泰は首を傾げたが、昴は憂いを秘めた笑みを浮かべただけだった。

 

 「ところで、こっちはまた雨が降ったんですか?」

 不意に昴は友泰に問う。

「え?雨?いや・・・あれから降ってなかったよ」

 その言葉通り、雨上がりの抜けるような青空。しっとりとした風に、白い雲が流れていく。それは昴があの川底へ行く前となにも変わらないはずだった。

「虹ですよ」

 昴は東の空を指した。大きくはないけれど、七色に空を走るアーチの頂上。空の明るさに、よく目をこらさないと分からないものだけれど。

「あれ?本当だ。ずっと出てたのかな?気づかなかったよ」

 昴の目線にあわせて、友泰も青葉闇も、泣き顔のひこばえも空を見上げる。

 

 彼女に助けを求めるような素振りはなかったから、なぜこの場所にたどり着いたのかと不思議に思っていたけれど、どうやら引き合わせる力が働いていたようだ。

 

 昴は何もかもが分かったように思えて、憂いを帯びた微笑みを浮かべた。そして心中で小さく呟く。

 

 

 

 

 ほら、見えますか?お嬢さん。

 虹が出ていますよ。

 

 

 

 

 

 

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