体が途端に重くなり、自分が砂にまみれているのを感じる。どうやらミツキを傷つけずに済んだみたいだ…。だが、そうなっても執拗に欲望があふれ出ようとする。止めろ…出てくるな…!!お前にミツキは触らせない…!
自分の体を抱くようにしてハイゼは必死に耐えた。光姫の気配がすぐ近くにある。欲望が光姫を求めているのが分かる。息も出来ないくらいにハイゼは自分を押さえ込んでいた。少しでも力を緩めれば、途端に再び欲望に支配されてしまう…ミツキが無事では済まない…!
「ハイゼ…?」
ミツキの声が聞こえる…すぐ近くで…泣きそうな声だ…。
「ハイゼ…しっかりして。大丈夫?」
震える声で俺を気遣う。本当は怖いんだろ…?こんな俺が。それでも側に来てくれるのか…。
これ以上ないほどの機会じゃないか…少し動けばこの女は簡単に俺のものになる…!
黙れ…!!!お前が気安くミツキのことを口にするな!!
俺の言葉はお前の言葉、俺の手はお前の手…どっちにしたって同じことだ…。
欲望が少しずつミツキに手をかけようとする。ミツキ、ダメだ…!俺から離れるんだ…!!ハイゼは咄嗟に翼をはためかせた。少し手荒だが…仕方がない。とにかくこれ以上俺の近くにいてはいけない…!
「ゲホ…ゲホッ…!!」
少し離れた場所でミツキの咳き込む声が聞こえる。あまりにも軽い力でミツキは飛ばされてしまった。意識が元々の俺であっても、近くにいてはミツキを傷つけてしまう…その時が来るまで、俺は側にいるべきではないんだ…!本当は…本当は誰より近くにいてやりたいけれど…
我慢するなよ…いてやればいい…
俺にこれ以上囁きかけるな。もう惑わされない…ミツキは俺が守る。
ハイゼは欲望を抑えながらも光姫の方を見やった。もう一度だけちゃんと見ておきたかった。あいつはいつだって俺だけを見てくれるんだ…俺も本当は…お前を見てたよ。それは今も変わらないから…
…ミツキ
「ハイゼ!」
光姫がハイゼの言葉を汲み取って走り寄ってくる。今はそれを跳ね返す事が愛の証。どう思われてもいい…お前を傷つけるくらいなら。
「待って…!いるんでしょう…ハイゼの心があるんでしょう?!」
…お前はちゃんと分かっていてくれるんだな。そうだよ…俺はここにいる。いるからこそここを離れるんだ、そしてその時が来るまで決して会わない。
「ハイゼ…もういいの!あたしもう…」
光姫の砂から目を守る仕草が、涙を拭っているように見える。
「あたしもう元の世界に帰れなくたっていいの!だからお願い…元の姿に戻ってーーーー…!!!」
ハイゼは遠のいていく光姫の言葉を耳にしながらも飛び上がった。欲望がすぐ側にあるのが分かる。帰れなくてもいいのならいっそ…と囁きが聞こえる。だけど俺にも分かってるんだ…ミツキが俺を見抜いていたように。無理しなくたっていいんだよ…無理して欲しくなんかないんだよ。泣きたいなら泣いて、帰りたいなら帰ればいい…それがお前の幸せなら。そのために差し出せるものを俺が持っているのなら、何だって厭わない。
ミツキ…俺はあの本を読んで何もかも分かってるんだ。だからお前が躊躇う事はない。今はただ時を待つ。
ハイゼはそのまま振り返らずに飛んだ。光姫が泣き崩れるように突っ伏していたのには気付いていながら。次に会う時は最期だと、そんな決意を固めるには光姫の小さな姿を見るわけにはいかなかった。