目が覚めて何か嫌な思いが充満してる時、その原因が何なのか突き止めたくなるのは人間の性だ、きっと。それが夢だったなら現実を思い返して安心できるし、現実に原因があったとしても不安は見えていないより見えてる方がずっといい。

少し朝遅く目覚めたあたしの脳はすぐに何が原因なのかを探っていた。でも悩むことなくそれは即答される。あの人は今人間ではないのだ、と。

 

料理長とアルフはもう朝の準備に取り掛かってるみたいで、今テントにはあたし独りだった。傍らにハイゼはいない。どこにいるのかも分からない。こうしてる間もずっと苦しんでいるのだろうか?あぁ…どうしてこんなことになったの?何か代えられるものをあたしが持っているなら、すぐにでも差し出すのに。寂しい…今はもう元の世界を恋しがる気持ちもあの夢もない、ただ寂しい。「いいよ」の一言が聞けたなら、それだけで何もかもが救われるような気がしてる のに…。

 

 

「何の用だ?!」

「こんな所まで追ってきたってのか?今更お前らを相手にする気なんてないぞ!」

俄かにテントの外が騒がしくなった。気がつくと厚手のテント素材を光が貫くくらい、日が高くなっている時間のようだ。光姫はベッドから起き上がって聞き耳を立てた。

「そういきり立つなよ。俺らだってお前らと争う気なんてねぇよ。何かを奪う気もな。人に会いに来ただけだって言ってんだろ?!」

聞き覚えのある声だ…。

「そりゃ有難いこって。でも俺たちは今忙しいんだ。何にしたってお前らを相手にしてる時間が惜しい。」

「何だとぉ!?せっかく砂漠のど真ん中を越えて来たってのに何だその言い草は!俺だってお前たちと話してる時間が惜しいわ!早く…」

「…サイフェルト?」

光姫はテントの入り口から顔を出して、懐かしい顔をしっかりと確認してからその名を呟いた。サイフェルトはそれに気がついて、さっきまでの口調とは一転した嬉しそうな明るい表情を光姫に向けた。

「ヒメ!!」

サイフェルトはニロを降りて駆け寄った。そして完全にテントから出てきた光姫の手を両手でぎゅっと握り締めた。

「会いたかったぞ、ヒメ。元気にしてたか?」

「うん、元気よ。サイフェルトも相変わらずね。」

「ん?…あぁ…。」

サイフェルトは笑顔を保ったまま不審な表情を微かに浮かべた。ふと目線を光姫の顔から逸らしてみれば、未だその体には包帯や絆創膏があてがわれている。一瞬だけサイフェルトの眉間にしわが寄る。

「ヒメ、ハイゼはどうした?近くにいないみたいだが…」

「え?…うん、今はちょっとね…」

そう言いながら光姫は視線を落とした。

「…そっか。ちょっと待ってな、バーディンと話してくるから。ほら、カルラもいるしさ。」

サイフェルトはにっこりと笑いかけて光姫の手を放した。その背後には数人の盗賊の仲間に混じってカルラもいた。カルラはサイフェルトとは違って、笑みで隠すことなく心配した表情を浮かべていた。

 

「おい!バーディン!!」

光姫の元を離れてすごい剣幕でバーディンに詰め寄った。非常に怒っているけれど、それでも光姫に気付かれないように声も態度も最小限に抑えている。

「ハイゼはどこだ?!」

「…御頭に何の用だ?」

「ふざけるな。あいつに用なんかねぇ。ただ何だよ、ミツキのあの状態は?ボロボロじゃねぇか。あんなに痩せて元気だなんて嘘までついて…。大体なんであんな怪我してるんだ!ハイゼがしっかりしてりゃ、こんなことにはなってねぇだろ!!」

サイフェルトの表情はいつのまにか悲痛なものになっていた。自らの孤城にいた時のミツキも相当寂しそうだった…だけど今の比じゃない。いっそ目線を合わせてくれなかったり、無理に笑いかけたりしてくれない方がよっぽど良かった。あんな姿を見るくらいなら。

「…御頭は今いない。」

「だからどこ行ったんだよ?」

「俺たちにも分からん。」

「…何を隠してる?」

サイフェルトは詰め寄った。その眼光にはハイゼに似たものがある。

 

 「ミツキ…ミツキ!!!」

突然辺りにカルラの声が響いた。バーディンもサイフェルトも同じ方向を振り返る。他のルベンズもだ。

「どうした?!」

急いでサイフェルトが駆け寄る。カルラの周辺の人だかりを押し分けて。

「ミツキ…!」

そこにはカルラに抱え込まれた光姫がいた。カルラに倒れ掛かったのか、支えたような体勢のままカルラは座り込んでいた。光姫は動かない。真っ青な顔をしている。ある意味ではこれが正しい姿だった。本来ならあんな体調で歩き回れるはずがなかったのだから。

「カルラ、何があった?」

「分からない…。あたしと話をしてるうちに意識を失ったみたいで…。」

カルラはうつ伏せだった光姫の体勢を仰向けに直した。制服から出ている手足が余計細く見える。

「多分あんたと会って気が抜けたんだろ。とにかくベッドで寝かせよう。」

料理長が冷静に人だかりを割り込んできて光姫のそばに屈んだ。料理長が軽々と光姫を抱きかかえると、小さく呻くような声が微かに聞こえたが光姫はぐったりとして動かなかった。しかし料理長はどこか安心したような表情だった。静かにテントへ戻ると光姫をベッドに寝かせて様子を見ていた。傍らにはアルフやバーディン、サイフェルト、カルラたちも控えてい る。

「やっと眠ってくれたな…。」

料理長が光姫に毛布をかけて呟いた。

「あとは何か食べられるようになってくれればいいんですけどね…。」

アルフも言葉を続ける。実のところ、光姫はここ最近食事が喉を通らなかった。もちろん全く食べないということではないが、少し口にしただけで食べるのを止めていた。悲しい気持ちを飲み込みすぎて、お腹なんかちっとも減らなかったからだ。

 

  「一体何があったんだよ…。最近なんかおかしいぞ。竜は出るわ、バザールが次々と襲われるわ、ハイゼもいねぇし…挙句にゃミツキがこのザマだ。…可哀想に。」

サイフェルトはそう言って目にかかっていた光姫の髪を撫で下ろした。

「あんた…竜のこと知ってたのか?」

料理長がサイフェルトの言葉を聞き取って尋ねた。キャラバン以前の関係が全くない料理長やアルフのほうが、ずっと話を進めやすかった。

「あぁ…というかここに来る途中で見た。それにアレが襲ったバザールがここだけじゃねぇってのも調べたよ。ここから東に一つ先の所と中部に近い西のバザール、それから南西のオアシスと岩山が潰された。かなり頻繁に暴れてるみたいだ。」

「そうか…」

「…何を隠してる?」

落胆しているルベンズの様子に改めてサイフェルトは問いただした。カルラも光姫を気遣いながらルベンズにちらりと目を向けた。

「そ、それを言うならどうしてあなた達も俺たちを追ってきたんですか?わざわざ砂漠の中心を越えてまで…」

一瞬静まり返った空気の中でアルフが意を決して質問をし返した。

「あたしらが来た理由ならミツキが起きた時に話すよ。それより何があったか教えて。この子、随分思いつめてるみたいだし…改まって聞かせたくないことがあるなら尚更でしょ?」

カルラが淀みなく促す。それにバーディンが前に出た。

「…そうだな。ちゃんと話そう。私達にも信じがたい話だ…一番よく知ってるのはミツキさんなんだが…それを承知で聞いてくれ。」

「分かった。」

サイフェルトは座りなおした。カルラはその間に光姫のベッドサイドに置かれた荷物、壊れたテントの残骸から辛うじて集められたハイゼの持ち物が目に入った。そしてその目は確実にある物をとらえていた。

 

 

     

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