ルベンズとあたしはとにかく先を目指した。ハイゼを置いていくようで気が引けたけれど仕方なかった。砂漠で立ち往生していても何も変わらないし、あたしにはまだリゼットさんに会うという道が残されているのだから。

「もうすぐ着きますよ。」

テオレルが渡航の間まったく口を利かなかった光姫に告げる。その言葉に光姫はゆっくりと顔を上げた。ハイゼのいない今、光姫はテオレルと一緒のニロに乗っていた。ニロは余っているけれど、まだ一人で騎乗するには至らない。乗れるようになっていれば良かった…こんなことになるのなら。

「テオさん…あれ何?」

光姫は前方を見据えて尋ねた。遥か遠く、地平線の縁から黒煙が上がっている、絡みつく黒い刺繍糸のように。

「あれは…バーディン!」

テオレルはニロの速度を少し上げて先頭のバーディンに近づいた。

「バーディン、バザールの方向だ。何の煙だ?」

「…さぁ、分からん。とにかく急ごう。」

睨みつけるように煙を確認したバーディンは指笛を鳴らした。ルベンズ全体の速度が上がる。バザールに近づくごとに煙の匂いも強まってくる。何かが激しく燃えた後の匂い。有機物が燃えたのではないのが救いだ。

 

「何なんだ…これは。」

バザールに着いてテオレルは小さく呟いた。あたしも状況を確認して息を呑んだ。バザールは半分以上の建物が全壊し、そうでなくても壁が真っ黒に焦げているなど損傷が激しかった。人々は落胆しているように細々と歩き、誰もが怪我をして煤汚れ、半ば無気力になっていた。未だ黒煙の上がる箇所は少なくなく、ルベンズは皆呆然としていた。

「ああ…ルベンズじゃないか。」

弱弱しい声が聞こえてきた。手足に血の滲んだ包帯を巻いた男が近くにいた。体型は丸いがどこか短期間で不健康にやつれているようで、元は白かったと思われる髭は灰色に汚れていた。

「いつものお若い御頭さんはどうした?姿が見えないが…」

「そんな場合じゃないだろ、ルウォス。一体どうしたんだ、この状況は!?」

少し前までの光姫のように、あまりの状況に意識を上手く保てないでいるルウォスという男に、バーディンが強い口調で尋ね返した。

「…どうしたもこうしたもないさ…」

途端にルウォスの顔が曇る。意識が現実に戻ってきたように。

「竜だ…昨日の夜、竜が来た…。ひどく苦しそうに暴れてこのザマさ…。まさか本当に竜が存在するなんて、まだ夢を見てるようだよ…。」

ルウォスは頭を抱え込み微かに震えていた。

「どんな…どんな竜でした?」

光姫がニロから降りて尋ねた。考えられる可能性なんて一つしかないことは分かってるけど…。

「さぁな…夜だったからよく分からなかったが、とにかく大きかった。翼も生えていたし…あぁ、そういえば茶色かったな…。お嬢さんもその怪我は竜にやられたのかい?」

ルウォスは光姫を気遣うように優しく問いかけた。しかしそんなルウォスの方がずっとひどい怪我を負っていた。

「あ、あたしは…」

そこまで口にした途端、吐き気がこみ上げてきた。頭ではその答えをハッキリと出している。けれど心はそれを否定する。足並みが揃わない精神状態に目の前が眩んだ。

 

 「しっかり、ミツキさん。」

ふらついた光姫をテオレルが支えた。光姫は一瞬天地の分からない状態に陥っていた。顔は青ざめ、息を軽く切らしている。

「あ…ごめんなさい…。もう大丈夫。」

光姫は何とか体勢を立て直し、キャラバンの後方に下がった。倒れるわけにはいかない…でも体力が足りない。何とかしなきゃいけないのは分かっているのだけど。

「ルベンズが来てくれて助かった。物資や食料が足りなくてな…」

「あぁ、だがこっちにもちょっと事情があってな。満足には供給できそうにないんだ。」

「なぁに、十分さ。」

「それと聞きたいことがあるんだ。」

「聞きたいこと?」

「南東のリゼットの詳しい住処を知らないか?誰か知ってる者を紹介してくれるだけでも助かるんだが…。」

「リゼットか…。確かにここからが一番近いが何とも言えんね…。わしはよく知らないし、今はこの状況だ。知ってる奴でもちゃんと話が出来ないかもしれん。まぁぼちぼち尋ねておくよ。とにかく早くこっちへ。」

ルウォスはルベンズをバザールの中心へと促した。あたしは尚も後方で立ち尽くしていた。バザールの様子を見れば見るほど信じられなかった。竜になってしまったとはいえ、あの人が…ハイゼが本当にバザールをこんなにしたの?ルウォスは彼が苦しそうだったと言った。竜にとりつかれて無差別破壊を強いられてるだろうか?そうだとしたら…そうでなくたってハイゼを助けたい…!

どうして竜に魅入られてしまったの?悲しい目、苦しむ表情、人間でなくなってしまった姿…、鋭い爪で切り裂き、尾を翻し、バザールを破壊して…。その先に何があるというの?分からない…もう何も。ただひたすらハイゼを助けるために誰かに助けを求めていた。

 

 

     

  小説TOP(FG)へ