あたしは馬鹿だ…。どうして気が付かなかったんだろう…。あの地下空間で唸り声よりもあたしの叫び声すら聞こえていなかったハイゼに…、振り返って「なんでもない」と言ったハイゼに…。あの時もう既にこうなることが決まっていたの?こんなの嫌だ…!ハイゼが竜になっただなんて嘘だ…!だけど姿の変わっていったあの時の様子がずっと頭の中で繰り返されてる。鮮明な記憶が夢ではないと思い知らせる。
どうしてこんなことになったの?ハイゼは…きっとハイゼは地下空間で竜に呪われてしまったんだ。もしかしたら魅入られたのかもしれない。…一人で行けば良かった、オクルを追って行くことぐらい。ハイゼ…教えて。あたしは一体どうしたらいいの?
「さて…これからどうするかだが…」
ルベンズは食堂にしているテントに集まり相談していた。誰もが目にした光景、だから疑う者はいない。議論はあえて“これから”に限定されていた。
「昨日の相談で御頭は“何があっても東に行くんだ”と言っていた。こうなるのを知ってか知らずか、な。あの時だってそんな事言うなんておかしいと思っていたが…。」
バーディンが悔恨の表情を浮かべる。
「とにかく東に行こう。ここにいたって解決するわけじゃない。なによりキャラバンが潰れちまう。」
バーディンの後をコラーナが請け負った。昨日光姫と一緒に竜の尾に飛ばされたせいで、腕や肩などに包帯を巻いていた。幸い流血はしなかったものの、それでも所々にひどい打撲を負っていた。
「…そうだな。今はそれしか道がない。東に行けば何か分かるかもしれないしな。」
「ただな…」
一応の結論に料理長が言葉を濁す。
「俺たちはイイとしてお嬢がな…。」
「怪我がひどいのか?」
「いや、怪我はそれほどでも…な。」
料理長は向かいにいるバーディンと同じ長老組の寡黙な一人に同意を求めた。男はルベンズの中で数少ない医者役で、コラーナのことも治療していた。その男が無言で頷く。
「けど精神的に良くない。あれから一人にする訳にはいかなかったし、昨日は一応俺とアルフのテントで休ませたんだが…、寝てなかったみたいだ。本人は寝たフリしてたから余計心配でさ。」
「確かにな…」
ルベンズ全員が苦悩の溜め息をついた。
「何の話…?」
「いや、つまりお嬢の…ってうおおぉ!!!?」
いつの間にかルベンズの輪の中に光姫が近づいてきていた。コラーナと同じように手足に包帯を巻き、切り傷を負った箇所には絆創膏があてがわれていた。かなり疲れているように見える…けれど表情はいたって穏やかだ。
「ミツキさん、大丈夫なんですか?!」
アルフが慌てて駆け寄る。
「うん、平気よ。ありがとう、手当てもしてくださって。」
先ほどの医者役の男がそれに手を軽く上げて応えた。
「これから東に向かうんでしょう?」
光姫は淡々と話を進める。いつもなら何てことはないけれど、昨日の今日でこれはどこかおかしい、とルベンズの数人が感じていた。
「一応そのつもりだが…」
「ニロを一頭お借りしたいの。一番おとなしい子がいいんだけど、可能かしら?」
「ニロって…お嬢、一体どうするつもりだ?!」
料理長が人を掻き分け近づいてきた。明らかに焦りの色が伺える。
「あたし、南東に行こうと思います。リゼットっていうお婆さんに会わないといけないから…。」
昨日の夜、思い出したの。アリアさんが必ず行くようにといった場所。きっと何かがあるはずだから…。
「お嬢…まさか一人で行くつもりか?!そんなの絶対に駄目だぞ!!」
「詳しい場所が分かれば行けると思うわ。南東の岩山がどの辺りか知ってる?」
「…何言ってるんだ、お嬢…」
料理長は光姫の両肩を掴んだ。いつもより弱弱しい肩…包帯の感触が分かる。
「そんなことさせられる訳ないだろ!?お嬢…お前は疲れてるんだよ。無理しなくていいから少し眠るんだ…な?」
「でも…」
光姫は顔を曇らせた。何としても南東に行きたかった…。今の光姫には眠ったり疲れたり、自分の体を休める余裕はなかった。いつでも何かを考えて行動していないと心が途切れてしまいそうだったから。
「ミツキさん、よく聞くんだ。」
バーディンが静かに言葉を挟んだ。
「私たちは東に行く。あなたも次のバザールまで一緒に来なさい。リゼットの住む場所については、私たちも“南東の岩山”ということしか知らないが、次のバザールの方が近いのは確かだ。そこから何とかリゼットの居場所を調べてあなたを連れて行く。ルベンズなら二手に分けても大丈夫だから。」
なおも躊躇っている光姫をバーディンは強い眼差しで説得する。
「…分かりました。ごめんなさい、ワガママ言って…」
光姫は目に涙を溜めたが決してそれを零さなかった。目線を上向きに踵を返し、支度をすると言ってその場を離れた。もう少しで涙が零れてしまいそうだった…。泣いてはダメ…悲しい涙を流したらあたしの負けだ。ハイゼ、あたしも“決して背を向けない”から。