その日からあたしの肩にはオクルが付き物になった。オクルはルベンズの全員に慣れた訳じゃなかったけれど、それでも一般的なオクルに比べれば人懐っこいものだった。雑食性なのも手伝って連れて歩くのに不自由はなく、夜に暖を取るにはこれ以上のものはなかった。一緒にいることで夜の寂しさも紛らわせる。

あたしは今ではもう随分と砂漠の環境に慣れて、日中の太陽も砂の照り返しも以前ほど辛いものではなくなったけれど、その代わりに今まで何ともなかったはずの夜がダメになってしまった。…あたしはここ最近あの物悲しい夢ばかりを連夜見ていた。どんなに見まいと思って眠っても夢を管理することは出来ないし、朝になるといつもその夢を見たことを思い出してしまう。目覚めてすぐのあたしが一番の泣き虫だった。もちろん起き上がれば涙は乾くし、ルベンズやハイゼと一緒にいるのは楽しい、嬉しい。

 

 

…だけど夢を見る度に思うの。いつになったらあたしは帰れるんだろう。ハイゼの事は…好き。口には出せないけど、正直「愛してる」ってこういうことなんだって思った。でもそれだけであたしは本当に幸せになれるの?そりゃ幸せになることが全てじゃない。でも幸せになりたい。

元の世界とこっちの世界の時間の流れが違う事は分かってる。こっちの世界の時間の方が早い、向こうの5分がおそらくこちらの数時間。でもこっちの世界に随分長くいる。もう元の世界がどれくらい経ってしまったのかも分からない。父さん、母さん、友達…皆々、ごめんね、心配をかけているのだとしたらあたしはもう耐えられない。だからといって帰れない。方法がないからだけじゃない。あたしはあの夢で繰り返された問いの意味にやっと気が付いた。

あたしはいざとなったその時にハイゼに背を向けられるのだろうか。

 

 

 

ミツキはこの世界に慣れてきている。俺にはそれが嬉しかった。それならばいっそ無理矢理に元の世界に帰すこともないんじゃないかって思ってた。アスベラの時もサイフェルトとの時もミツキは俺といることを好んでくれた。俺があいつを助けた以上に、あいつに俺が…俺たちが助けられている、その結果がハッキリと形に残らなくても、だ。いつだったか何故俺がミツキに肩入れするのか考えたことがあったっけ…。でも今はそんなことはどうでもいい。

ミツキがキャラバンとして砂漠を旅するのが辛いなら、ルベンズ・キャラバンを誰かに引き継がせて、どこか住みやすい土地にミツキと定住したっていいとさえ考えるようになってきていた。

でも…それは俺の利己主義だ。はっきり思い知らされた。ミツキ…人知れず泣いていないでくれ。辛いなら…寂しいなら…俺は何だってしてやりたい。何だって…

 

 

 

 

 

 ルベンズはそれから砂嵐のために1日また予定より遅れることになったけれど、東への猶予を8日残して半分の位置まで到達した。この辺りは乾燥の度合いが著しいのか、海岸線よりもずっと風が強い。オクルはあたしのマントの中で、あたしは終始ハイゼの背中に顔を埋めて風と砂に耐えていた。この辺りはバザールの少ない。所々で棄てられたバザールの名残を目にしただけ。それも今では格好のキャラバンの休憩所となっていた。

「もう少ししたら休むぞ。」

風の間に間に聞こえたハイゼの言葉通り、ルベンズ一行はそれほど風化の進んでいない廃バザールでニロを降りた。砂漠は湿度がほとんどないせいか汗をビッショリとかくことはないけれど、その代わりに体の表面の温度や体温が上がりやすい。あたしは日陰に面してヒンヤリとしている壁に寄りかかって体を冷やしていた。

「はい、ミツキさん。水です。」

「ありがとう、アルフ。」

いつものようにアルフが水の入ったコップを渡してくれた。もう口の中はカラカラだ。早速水を飲もうとするあたしに、ふとオクルが前足で催促する。

「お前も飲みたいの?」

あたしは自分の手のひらにコップの水を注いでオクルに差し出した。オクルは嬉しそうにピチャピチャと音を立てて飲み始めた。砂漠の環境に適しているはずのオクルが水を飲みたがるくらいだから、砂漠のど真ん中は相当過酷なんだ。ニロもかなり体力を消耗しているみたいで、日陰の冷たい砂にべったりと座り込んでいる。

「この辺りは相当きついのね…。」

「えぇ、俺たちにもニロにとっても一番の難所です。逆に言えばここを過ぎれば後は楽ですから、本当はここで一晩滞在しておきたいところですね。でも…」

アルフはハイゼの方を見やった。

「…その可能性は低いみたいだ。もう少し先にももう一つ大きな廃バザールがあるので、そこまで進むのかもしれませんね。

「そっか…。もうひと頑張りしなきゃね。」

「そうしましょう。」

光姫とアルフは互いにニコッとやや弱弱しい笑顔を見せた。

 それから日が少し傾いて日差しが弱まった頃にルベンズは再出発した。おかげでそこから先の廃バザールまではかなり楽に進めたし、途中で日が陰り始めると少し寒いくらいでもあった。それでも今まで疲れているところを見せた事のないバーディンさんやテオさん、コラーナさんまでもがぐったりとしていたけれど。今夜のルベンズ全員の目的は“早く寝る事”。次のバザールまでまだ1日はかかる。明日も過酷な砂漠の真ん中を進まなければならない。あたしも…早く寝なきゃ、今日は本当に疲れた。ベッドに潜り込んできたオクルをそっと抱き寄せた。

 

 

    

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