夜中に迷い込んだオクルは朝になってもそこにいた。相変わらず掛け布団の下で丸くなって可愛らしい寝息を立てている。
「ハイゼ…昨日のオクルまだいるわ。」
あたしは着替えようとついたての反対側、自分のスペースに入りハイゼに呼びかけた。
「…分かった、今行く。」
ハイゼはいつものベージュの上着を着てベルトを締めるとすぐに来てくれた。それでもなおオクルは起きる気配がない。ハイゼは布団をめくり上げ、眠るオクルの背を指で軽くつつくと、オクルはやっと深い緑色の目を開けた。そのクリクリとした表情がまた可愛らしい。
「緑の目…まだ子供だな。」
「そうなんだ。触っても大丈夫かな?」
しかしハイゼの判断よりも先にオクルは思い切り伸びをして光姫の方に登ってきた。光姫の肩には少し大きい体だけれど、それほど重くは感じない。オクルにとっても居心地は悪くなさそうだ。しっかりと肩に乗って毛繕いを始めている。
「これって…」
「へぇ…珍しいな。随分お前に懐いてるみたいだな。」
ハイゼはそんなオクルを試しに撫でてみた。オクルはちらりとハイゼを見やったが特に噛み付いたりなんかはしない。あたしが指を出すとペロッとひと舐めするくらい懐いている。
「お前独りなの?」
あたしの問いにオクルは毛繕いしながら耳を動かす。詳しい生態は分からないけど、近くに仲間がいるようには思えない。何故独りで迷い込んだのだろう。
「御頭、お嬢。飯だぞ。」
料理長が声をかけて入ってきた。大きな独特のエプロンを身に着けたまま。もうそんな時間か…そういえば早く出発するって言ってたもんね。
「どうかしたんか?」
ついたてに仕切られた狭い空間に集まっていたあたしとハイゼに料理長が問う。
「料理長見て、この子。」
「こいつ…オクルじゃんか。どうしたんだ?」
「昨日夜に迷い込んできたの。」
「へぇ…人懐っこいな、珍しい。」
料理長は大きな手でオクルの頭をガシガシと撫でた。あまりの勢いにオクルは目を堅く瞑ったけれど、それでも嫌がったりしない。なんて可愛いんだろう。
「で、こいつどうするんだ?連れて行くのか?」
「それは…」
あたしと料理長は同時にハイゼを見やった。
「別にどちらでも…。逃げないようなら連れてきな。」
ハイゼの返事はどこか気だるそう。こんなにテンションの低いハイゼは初めてだ。
「どうした?御頭、随分寝覚めが悪そうだな。」
「ん…まぁ少しな。」
ハイゼは俯き加減にベルトを締めなおした。
「あ、ハイゼごめんね。昨日寝づらかったでしょ?」
「いや、そのせいじゃないよ。早く着替えな。」
それだけ言うとハイゼはついたてから出て行ってしまった。
「何だ何だ?昨日一緒に寝たのはオクルじゃなかったのか?」
「んもう!料理長ってばすぐそっちに持ってこうとするんだから。」
ニヤニヤと茶化す料理長に光姫は赤い顔をして否定した。
「なに、男女の性ってやつさ。じゃ、朝飯用意して待ってるからな。」
料理長はそう言ってテントを後にする。あたしはオクルを一度抱きしめてベッドに下ろすとすぐに着替え始めた。盗賊騒ぎでロスしてしまった分を早く取り返さないと…、だってあれはあたしを連れ戻してくれるために払った時間なんだから。
だけど…そんな風に考えていたから気付けなかった、頭が回らなかった。あたしはこの時、あの悲しい夢を見たこととハイゼのスペースに寝かせてもらったこと、ハイゼの寝覚めが悪かったことを全て一つに繋げて考えるべきだったんだ。どうしてこの時にそこまで思いを巡らせなかったのか、後になってあたしはひどく後悔することになった。