「…ねぇ、ハイゼ。」

「ん?」

椅子とベッドで向かい合うようにしていたあたしたちはふと目が合った。

「ハイゼって昔は盗賊だったって、本当?」

「…誰に聞いた?」

「サイフェルト。」

「あの馬鹿…余計なこと喋りやがって…。」

ハイゼはあたしから目線を逸らし憎々しげな表情を浮かべた。

「…本当なのね?」

「……あぁ。」

ややあってハイゼは肯定する。

「知るべきじゃなかった?」

「いや、知らなくても良かった。今でも料理長やアルフには直接話してないしな。キャラバンとしての俺たちを気に入ったのならそれで良かったから。」

「…そっか。」

風が砂漠の砂を飛ばしテントに当たる。その音が少しだけ会話を遮った。

「もう少し聞いてもいい?」

「ああ。」

「バーディンさんやテオさんも盗賊だったんでしょ?どうしてキャラバンになったの?」

「…話せば長くなるぞ。」

「いいわ。」

ハイゼは少し体勢を崩した。光姫は起き上がって話を聞こうとしたけれど、ハイゼはそれを止めた。

 

 「コートのことはテオから少し聞いたんだろ?」

「うん、前の御頭さんね。」

「この辺りでコート・ルベンを知らない奴はいない。」

「すごい人だったの?」

「いや…変わった男だった。孤児や捨て子を見つけちゃ拾ってきて小さなオアシスで住まわせてた。俺も…そうだよ。」

ハイゼは柔らかなオレンジの瞳を合わせた。昔を懐かしむとは違う…昔を嫌がるでもない、何ともいえない表情だ。

「いい人だったのね、コートさんって。」

「どうだか。俺からしてみりゃただの物好きだよ。子供を住まわせてたのだって将来的に盗賊の構成員にするためだったみたいだしな。」

「テオさんたちもそう?」

「そうだ、テオもコラーナもあの辺の奴らは幼馴染だ、そういう意味ではな。」

やっぱり…いつだったか料理長が“テオさんの方が付き合いが長い”って言ってたのはこういう事だったのね。

「盗賊が所有しているオアシスだったから当時のキャラバンも寄り付かなかったし、仕事ついでに子供たちを養ってたんだ。何度も言うが単なる善人だからじゃねぇぞ。」

「うん…。」

だけど話を聞く限り、ハイゼの口調を聞く限り悪い感じはしない。ハイゼも本当はまるっきり悪人だなんて思ってはいないんだろうな。

「コートは大抵キャラバンを襲撃してて、俺も10歳くらいから6年間仕事してた。その頃のキャラバンってのは半ば盗賊みたいなものでさ。硬貨も今ほど流通していなかったから、物々交換とか言いながら気に入った女を攫うなんてザラだった。それを襲ってた俺たちはあまり悪く思われてなかったよ。」

「サイフェルトとはその時から?」

「アイツは別の盗賊団だったけどな。何度か抗争もあったし、その頃からの因縁だ。」

ハイゼは溜め息をついた。“もうどうしようもない”とでも言うように。

「コートがキャラバンに転身したのは俺が16の時だ。盗賊がいるからってんでキャラバンが次々と解散して、俺たちどころか周辺のバザールも物資に困るようになった。コートはバザールを襲いたがらなかったからな、だから他のキャラバンがいないなら自分でやるとでも思ったんだろ。ガキだった俺たちとコートに心酔していたバーディンたちはそのままキャラバンに、それ以外の奴らとはあれから会ってねぇ。」

「あたし…コートさんみたいな人を“いい人”って言うんだと思うわ。だって皆のために盗賊をやめたんでしょう?」

「俺は単に競争相手が少なかったからだったと思うぜ。解散したキャラバンは大体盗賊になったし、キャラバンになった方が独占販売で儲けられたしな。要するに物好きで多趣味なオヤジだったんだよ。」

ハイゼはそう言って肩をすくめた。

「でもあたしはバーディンさんたちが心酔していたのがよく分かるわ。ハイゼだってそうでしょ?」

「…そうじゃないとは言わない。」

今度は少し照れくさそう。あたしはその様子に隠れるように微笑んだ。

「コートさんは今どうしてるの?」

「さぁ、知らん。何回か砂漠を渡航する間に海が気に入ってさっさと西の大陸に渡りやがった。アナトールなら何か知ってるかもな。アイツの船に乗っていったから。去り際にキャラバンは俺に任せるとか何とか言って、だから俺が跡を継いだんだ。」

「随分軽い引継ぎね…。」

「あぁ、だから未だにバーディンたちが俺についてきてくれるのは、俺に任せるって言ったコートを信頼してるからだと思うぜ。」

「そうかな…」

あたしは小さく呟いた。最初に会った時からどうして年若いハイゼが御頭なのかとても不思議に思ってた。どうして年上のバーディンさんが御頭じゃないんだろうって。でも…

「昔はそうだったかもしれないけど、今は違うと思う。そうじゃなかったら料理長やアルフは入らなかったと思うよ。」

今までずっとルベンズを見てきた。だから分かるの。料理長のようにハッキリ言葉にしなくても、ルベンズは皆ハイゼをちゃんと認めてるって伝わってくる。むやみに正義を口にしないで行動していたコートさんと、むやみに力や利益を口にしないハイゼはきっとどこか似てるのね。それに助けられたという負い目をいつの間にか忘れさせてくれる優しさもある。ハイゼ…あたしのこの気持ちをちゃんと伝えられたらどんなにかいいだろう。

「さ、話は終わりだ。もう寝な。明日は早めに発つぞ。」

「うん…おやすみ。」

あたしはベッドに潜り込んだ。風と砂の音が心地よく響く。ハイゼの話にあたしはオクルのことも悲しい夢のことも忘れてしまっていた。眠る前のこの時までは。

 

 

    

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