それはまるで何Gもの重力が一気に体にかかったようだった。あまりの衝撃に少しよろめき、ビリビリという震動に体が震えた。竜の体の中に飛び込んでしまったように、鼓膜を破くような咆哮が辺りを囲う。

「うぅ…っ!」

すごく辛い…!でも必至で耐えた。思わず細めた目で左手のペンダントを見やる。震動の根源は容赦ない。鎖をしっかり手に巻きつけていても滑り落ちてしまいそうなくらい激しく手の上で震えている。周りはまるで厚い雷雲に包まれた夕闇のよう。空の青も砂漠の黄色も何もかもを灰色に染めている。あたしの心はもう…灰色なんかじゃないのに。

 

「御頭、大丈夫ですか?!…ミツキさん!!」

一番に駆け寄ってきたアルフが、ハイゼと光姫の両方を気遣う。あたしはやっと振り返ることが出来た。外から見て、あたしの姿はどう見えているの?あたしからはまだ靄越しでもちゃんと見えているよ。皆からもそうだったら…いいな。

「お嬢…!」

次点を走る料理長やテオレルたちの姿が見えてくる。辿り着くとテオレルはすかさず倒れて起き上がれないハイゼを支えた。オクルも駆け寄ってきて靄の寸前で鳴いているのが分かる。

「オクル…皆…」

あたしは無意識に呟いていた。けれどその声が外に聞こえていないことも分かってる。巻き上げる風の轟音が、全ての音を遮る。あたしの声は聞こえない…皆の声も…聞こえてこない。聴覚だけが早くもこの世界を離れてしまっているみたい。寂しいけど…それなのにどこか良かったと思えるのは、もう戻れないという諦めがつくからなのね。だけどそうやってあたしに帰るよう、まくし立てないでよ…竜の靄も神様も。確かに別れは短い方がいいのかもしれないけど、本当にどれが出来る人なんて滅多にいないわ。ただでさえ、これっきりの別れを迎えているのに。

「ミツキ!!」

サイフェルトやカルラやアリアさんも走ってきてくれた。だけどその姿がもはやハッキリとは見えない。靄のせいじゃない…遠ざかって霞んでいく、そんな感じ。何か皆が必死に喋っているのは分かるの…でもやっぱり声は伝わってこない。伝わるのは心だけ。だからこそ余計に寂しさが募る。このあたしを囲う靄を抜け出して、もう一度皆に触れられたりはしないかな…?あたし…もっと別れを惜しめばよかった…!きっとどんな別れ方をしても、そう思うのだとしても…。

 自然と頭を垂れる。気持ちの重みに体が勝てない。この寂しい思いがいつか後悔に変わってしまうような、言い知れない不安がよぎる。皆の顔を見れない…見ておかなきゃって思っても…顔を上げられない…!もしもそうして皆を鮮明に覚えていられたら…後からきっと心を縛られてしまうから、それならいっそ目に焼き付けない方が…いいの?

 

 

ミツキ…

 

 

心が伝わってくる…声の代わりに。心に響く言葉、あたしは思わず顔を上げた。

「ハイゼ…」

周りは一段と厚く暗い靄の壁…だけどどうしてこの靄の中からも、あなたのことだけは分かるんだろう…?きっと途切れない絆がそうしてくれているのよね。けれどその力強い絆が、今は安心よりも寂しさを与える。涙が…もう堪えきれないよ…!

 光姫は何度も何度も手で涙を拭いながらも、ハイゼから目を逸らさなかった…逸らせなかった。ハイゼが光姫を見ていてくれているのが分かったから…。

 

 

行っておいで。

 

 

「…待っててくれる?」

たとえ何十年先であっても。

あたしは震えるような声で咄嗟に尋ねていた。あたしは待ってるから…!この気持ちを一人にしないで…!

 

 

ずっと待ってるよ。

 

 

ハイゼがはっきりとあたしに告げる。

 

 

それとは知らなくても…

二人が互いを忘れていても…

 

『会いに行くよ。』

 

二人の言葉がシンクロした。それは未来に交わした約束。あたしはそれでやっと彼に背を向ける決心がついたんだ。

 

 

     

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