あたしは無我夢中で空中に飛び出した。狙いはハイゼの心の光。あたしは両手を伸ばして何とかその光を竜に渡すまいと抱きかかえようとした。光が実体を持っていないとか、掴むことができないだとかの常識は、今のあたしには少しもそんな考えはなかった。ただ一心に守ることだけを考えていた。

 

 走り幅跳び3メートルもいかないあたしが、どうしてそんなにも飛び出せたのか、それはもう神様に感謝するしかないのだろうな…。あたしは空中に漂うハイゼの心に十分に届いていた。そして抱え込むようにしてそれを抱きしめた。あぁ…でも駄目だ…。確実に抱きしめられたと思った腕は空しく空を切る。何かを掴んだ感触はなかった。あたし…守れなかったんだ…光はあたしを通り抜けてしまった…そう思った。だけど…ハイゼの心の光はどこ?

 あたしは素早く瞳だけを動かして辺りを探した。けれどやはり見当たらない。徐々に重力に引き寄せられて下に落ちていく…あたしもハイゼも。あぁ…神様、こんなことって…。光姫は溢れてくる涙を抑えられなかった。頭の中を最悪のシナリオが駆け巡る。あたしの体を通り抜けた光は竜の靄へ…あたしは望まずして元の世界へ帰る…ハイゼをこのまま置き去りにして…。そんなの嫌よ…!だけどこれ以上にどうしたらいいの?!光姫の大粒の涙が悲しく空を舞う。

 しかし不意にその涙が眩しく光る。光姫は驚いて目を開けた。だってこれは太陽光の反射とは違う。それよりもっと身近で優しいもの。

 

…光?

 

しかもそれが自分の胸元から発せられている。光姫はその根源を突き止めた。光っていたのは三日月のブローチ。今まで以上にキラキラと飴色の光を湛えている。そうだ…このブローチの真ん中に据えられているのは、光を集めて輝く宝石。ハイゼの心の光だって例外じゃない。抱きしめた瞬間に光は石の中に入り込んでいたんだ。

ねぇハイゼ…最後の最後まで、無意味なことなんて何一つなかったよ。ハイゼが今までしてきてくれた事も、あたしがしてきた事も、全て一つに繋がっていたのよ。この心はすぐにあなたに返してあげる。だから…もう一度あたしに笑いかけて…。

 

 

 

 あたしより先にハイゼの体が落ちていく。あたしは必死に手を伸ばし、そんな彼の袖を掴んで自分の体をハイゼに近づけた。ハイゼの体はまるで空の器のよう。意識もなく、力もなく、何にも逆らおうとはしない体。この世界から隔絶されてしまったかのような穏やかな表情は、あたしの心を締め付ける唯一の救い。心を戻すまでは苦しまない…心を戻すまでは変わらない。

「ハイゼ…!」

反応のない彼に呼びかける。どうしたら心を戻せるだろうか…。そう考えてハイゼの胸元の首飾りに目がいった。その首飾りの、竜を忍ばせていた丸い紫の石からは未だあの靄が立ち昇っている。いや…そうじゃない。細い糸のような靄は、上空の巨大な竜の力とハイゼを繋いでいる、さながら鎖。あたしは直感的にそれを断ち切らなければと思った。そうじゃないとハイゼは完全に竜からは離れられないんだって感じていた。だけど頭から先にすごい勢いで落ちていく状態では、上手くハイゼから首飾りを外すことが出来ない。光姫は咄嗟に首飾りの紐に自分の口を持っていき、思い切りそれを噛み切って、そしてすぐさま自らの左手に巻きつけた。

 

あなたの心はこっちよ…

 

自分の指に針を刺しそうになりながら、光姫は三日月のブローチを外してハイゼの胸に留めた。ボロボロのマントはあたしの体を離れ、高く上空へと離れていく。あたしは見向きもしなかった。石はまだ飴色の光を放っている…ハイゼの心はまだそこにある。

 

お願い…ハイゼの中に戻って…!

 

あたしは祈るように三日月のブローチに両手を重ね、そしてハイゼにそっとキスをした。眠れるお姫様は王子様のキスで目を覚ますでしょう?ヒメだって逆のことくらい出来るはずよ。お願い…目を覚まして…!あたしはあなたが…好き。

 

 

 三日月のブローチがとても暖かくなり、ものすごい閃光を放ったかと思うと、すぐにそれは収縮していき吸い込まれるように消えていった。あたしは閉じた瞼越しにそれを感じていた。いい事なのか悪いことなのかは考えないようにした。もしもの時は、あたしこのままハイゼと一緒に落ちていったっていいよ。

けれどそう考えた瞬間、あたしは再び強い力で抱きしめられていることに気が付いた。暖かい鼓動を近くに感じる…暖かい腕があたしの体を包んでくれている…。あたしは瞳を開けて唇を離した。どうなっているのか知りたかった、一刻も早く。だけど目よりも先に耳がそれを知ったの。

「…ミツキ」

愛しい声…オレンジの瞳。それらは未だハイゼの意識が混濁状態にあることを示唆していたけれど、それとは逆にハッキリしていることもあった。ハイゼに再び心が宿ったんだ…!そしてもう一度…もう一度笑いかけてくれたの。柔らかいハイゼの瞳にあたしが映る。これ以上のことがこの世に存在すると思う?

「ハイゼ…ハイゼ…!良かった…あたし…」

もう駄目かと思った…何度も自分の過ちに怯えていた。寂しい思いにどれだけ支配されたかも分からない。今までの何もかもが頭をよぎる。

「…いいよ、もう…。俺も…ここにいるから。」

ハイゼがそう言ってより強くあたしを抱きしめた。あたしもハイゼの首に腕を回す。それを…その言葉をどれだけ望んだことか…!体の痛みも心の痛みも…全て払拭されていく。未だ血に濡れる制服に触れて、ハイゼの服も少しずつ赤く染まっていく。

仮に完全に痛みがなくなっても…血が完全に止まっても…きっとこの傷跡は消えない。それでもいいの。あたしは今すごく幸せ。あなたが今この腕の中にいるから…!

 

     

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