「まだよ!」
カルラがその絶望を必死に払う。
「あの子まだ死んでない!…何か考えがあるのよ…!!」
ミツキ…ミツキ!ねぇ、そうでしょ?!カルラは爪が食い込むくらいに強く拳を握り締めていた。唇を噛んで絶望にも耐えた。
サイフェルトも噛みしめた歯がギリギリと音を立てている。アルフは涙を滲ませ、料理長はそんなアルフの肩に置いた手に力が入ってた。テオレルは無意識のうちに剣の柄に手をかけていた。
…それでどうしようというんだ…!アスベラの言ったとおりだ…!御頭…気が付いてくれ!あなたが今傷つけてしまったのは、この上なく愛した人じゃなかったのか?!
「ミツキ…」
アリアも悲痛な面持ちで岩山を見上げる。ミツキの足元に敷いた魔方陣は消えてしまった…媒介なしにこの距離から再び敷くことはできない。仮に敷けたとしてもミツキは望まなかっただろうが…。あの謝罪の言葉はこれだったのか…。ずっとこうすることを考えていたのか…誰にも何も告げず。何も分かっていなかったのは私の方だ。今更気が付いて何も出来ぬとは…!
「うう…っ!!」
光姫は呻いた。竜の牙が体に食い込む…灼熱の吐息が痛みに追い討ちをかける。竜が顎を動かすたびに、光姫の体が地から離れる。その度にぐいぐいと牙が深く突き刺さった。体を伝うどろりとした感覚が自分の血だということも分かってる。
あぁ…あぁ!!こんな痛み、今まで経験したことがあっただろうか!?気が遠くなりそう…誰か早くこの痛みからあたしを解放して!
「あぁ…っ!う…くっ…」
光姫は必死に声を押し殺した。本当は痛みをそのまま声にして叫んでしまいたい…!でも今叫んでしまったら、この後何も言えなくなってしまいそう…。本当は無理やりにでもこの体を竜の牙から引き抜きたい!でもそんなことしたらもっと酷くなることも分かってる…。あぁ…けれど、誰か…誰か…お願い…!!
心は無意識に助けを求めてる。こうすることを自分から望んでいながら。あたし…死ぬかもしれない…でもまだ死んでない…!今は自分の命が希望の在処。どんなになっても意味があるから生きてられるんだよね…。ハイゼ…あたしまだ何も諦めてなんかないよ。竜なんかに負けないで…。
光姫が辛うじて立つ足元には血がボタボタと流れ出ていた。体を左右から挟みこむように竜は光姫に牙を剥いている。光姫の足がガクガクと震える…痛みと恐怖に耐えかねて。けれど一歩だって引かなかった。固く瞑っていた目だってこじ開けた。何とか動く右腕を竜の口元から出して、そっと竜の頬に触れた。
不思議…竜の皮膚は触れられないくらい熱いはずなのに、今はなんてこともない。本当だったら竜に噛み付かれたら骨なんか砕かれるんだろうけど、気が付けばそれもない。痛みはこれ以上ないほど酷いけど、事態はまだ最悪じゃないのよ。そこにいるんだね…尚もあたしを守ってくれたのね…。
「ハイゼ…」
弱々しい声だった。囁き声にも近かった。ごめんね…今はどんなに頑張ってもこれ以上の声が出ないの。
「…ありがとう」
大好きよ。
それは自分の耳にも届かないくらい小さな声だった。声になっていたかどうかも分からない。だけどこれ以上の言葉ってないよ。これがあたしの本当の言葉だったから…。言いたくてずっと胸の内にあったのに、伝えることのなかった言葉。竜に額をあわせるように…半ば抱きしめるようにして囁いた。
ねぇ…あたしの声はちゃんとあなたに届いた…?