日差しが一段と強くなる。そうこうしている間に、あたしたちは岩山の頂上付近まで近づいていた。そこは黄色い岩肌しかない空と砂漠の狭間。遠く見渡しても陽炎が揺らめくだけ、バザールも何も見えない。

「この辺りで良かろう。」

そう言ってアリアさんはニロを止めた。その場所よりも高いところはまだあるのだけれど、砂漠に一番せり出している部分を選んだみたいだった。

「さぁ…日差しは辛くないか?」

「えぇ、大丈夫です。」

先に降りたアリアさんの差し伸べる手を取って言葉を返す。確かに太陽に近い分、光が肌を刺す感覚は下にいた時の比ではない。でもここに立っていられることが嬉しい…誇らしい。

 

 「そこに立ちなさい。あぁ…あまり前へ出過ぎぬようにな。」

アリアさんは慎重に立ち位置を決める。竜から身を守る安全圏、魔方陣は軽い気持ちでは描けない。あたしもその場に慎重に立つ。あたしがこの世界でいる最後の場所…そうなるのかもしれないのだし。

「うむ…そこで良かろう。動くでないぞ。」

アリアさんは何かを見計らいながら数歩後ろに下がった。両手で作った輪の中にあたしを合わせているみたい。それが決まると南や北のセラたちと同様に口元に指を近づけると、何か口上を唱え始めた。何の言葉だか分からない…聞き取れないだけかもしれないけど、アリアさんは瞳を閉じて一心にそれを呟き続けている。

「…汝結界の力に依りて竜よりその身を閉じよ!」

そう強く口にして、口元に近づけていた指を頭上に掲げると、一気にしゃがみこむようにして勢いよく振り下ろした。地面に接した指と連動するようにあたしの足元が紅く光る。巻き上げるような風に体を持ち上げられそう。あたしは思わず目を瞑った。そしてやや乾いた目を瞬かせながら 開けると、あたしの足元には複雑で綿密に描かれた魔法陣が引かれていた。

「それで良い。」

アリアさんは安心したように呟いた。

「その魔方陣の中にいれば竜からは見えない。…ある程度は、だがね。決して出るでないぞ。」

「…竜はその時…苦しみますか?」

あたしは一番気がかりだったことを尋ねた。

「それは致し方ないことだ。結局どちらの心が勝つのか…争いに苦しみは付き物だ。それでも…」

「それなら…早く助けなきゃ…!」

光姫はアリアの言葉を遮るように呟く。

 

 

 ハイゼ…あなたにこれ以上苦しんで欲しくないの。竜からあなたを解放したい。そのためだったらあたし、何だって出来るから。…早く…来て。

「…竜が近づいてきておるな。まだだいぶ遠いが…」

アリアさんがあたしの心中を察したように口にする。その瞳が向けられた東の空にはまだ何も見えない。

「私ももう下に降りよう。あとはミツキ…そなた次第だ。」

「はい。」

光姫の表情はとても穏やかで柔らかかった。決意がもたらす心の平穏。自分次第だという言葉が、今は全てを任せていてくれるように感じる。プレッシャーなんてない。

「…達者でな。」

そう言って少し微笑むとアリアさんはニロに跨った。気丈な彼女には長い別れの言葉は似合わない。最後まで凛とした雰囲気を分けてくれる。

「…ごめんなさい、アリアさん。ありがとう。」

「何を謝ることがある。…しっかりな。」

そして彼女は颯爽とニロの踵を返して岩山を降りていった。一度も振り返らずに。

 

 

…ごめんなさい

 

 

光姫はその背中にもう一度呟いた。誰にも聞き取れないようなほんの小さな声で。

 

 

     

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