再び砂漠の中心を越えて西海岸が見えるようになるまで、最短だったとはいえ5日はかかった。

途中からレゼンタの季節に入って風向きが変わり、背にしている東からの灼熱の追い風を受けて思っていたよりも順調に進むことが出来たけれど、その代わり背中はジンジンと熱さに痛み、寝る前には濡れたタオルで冷やさないと眠れないくらいでもあった。火傷のように赤くなってしまった背中。カルラは途中からあたしを後ろではなく前側に座らせて、後ろから抱え込むようにして熱い風からあたしを守ってくれた。

いつもは無茶しないだけでその気になればこれくらいは耐えられるものさ、とサイフェルトはカルラに負い目を感じるあたしに言ってくれた。ヒメはまだ砂漠に弱いんだからしっかりとカルラを盾にしてな、なんて慰めてくれた直後、お前が言うなと突っ込むカルラとのやり取りは本当に楽しく心強かった。

 

 

 「ミツキさん、ほら海ですよ!」

アルフが少年らしい声であたしに話しかけた。場所が違うからよく分からないけれど、いつだったかアルフが言っていた“海が見え始める地点”まで辿り着いているんだ。あたしは再び砂と海のコントラストを目にすることが出来た。

「あぁ…本当だ。それじゃもう少しで着くのね!?」

「多分今日中には着くよ。アスベラに会うのは明日になるかもしれないけどね。」

カルラがあたしの方に目線をやりながら答えた。

「それで十分よ…。」

あたしはまだ突破口を見つけていない。明日アリアさんに会うのだとして、今日中に何としても考え付かないと…。だけど脳内は見事に枯渇状態。ここ数日ニロの上で考えていた案は、全てに“不可”のレッテルが貼られている。

竜に対峙した結果をあたしがいじることはできない、かといって竜に対峙する以外の方法があるのかも分からない。こうなったら何かの閃きに懸けるしかないのかな…?だけどその瞬間はどこに隠されているんだろう…。

 

 西の海は夕日に紅い道が出来ているようだった。数ヶ月ぶりに戻ってきた西海岸の町は以前と異なりとても静かだ。レゼンタの季節を迎えて西大陸の貿易船は全て元の地へ帰ってしまっていたからだ。マントを買った店も、料理長と一緒に食材を探し回った店も、品数が少ないか閉まってしまっている。一行は西海岸のルベンズの拠点に入って休んでいたけれど、あたしは外に出て海を見ていた。

何だかとても寂しい…潮騒がやけに大きく聞こえる。この町での色々なことが頭をよぎって、どんなに風が強くても目が乾くことはなかった。ならべく考えないように努めてはいたけれど、やっぱり思ってしまうの。前に来たときはあの人も一緒だったのにって。

「ミツキさん、もう日が沈みますよ。…大丈夫ですか?」

呼びかけられて振り向いたあたしを見て、アルフは言葉を付け足した。きっと目が真っ赤になっているんだ。

「うん…大丈夫。もう行かないとね、寒くなってきちゃった…。」

光姫はどこか遠くを見るように呟いた。

「料理長がご飯を作って待ってますよ。行きましょう。」

そう言ってアルフはあたしに手を差し出した。あたしは思わずその手をじっと見て躊躇ってしまった。ずっと友達のように接してきたけど、今までアルフはこんな風にはしてこなかったのに。

 だけどあたしは喜んでその手をとった。アルフがどこかハイゼの代わりをしようとしてくれているのが分かる。嬉しいね…あたしたちまるで幼馴染みたいだよ。こんな言い方おかしいかもしれないけど、ハイゼが竜にならなかったらここまで仲良くなれなかったと思うの。

一つの出来事に意味は複数ある…その結果も様々だ。何か悪いことがあったからって落ち込むことはないんだ。きっといい事が隠されてる…すべては考え方次第。あたしとアルフは子供みたいに手を繋いで西海岸の拠点に戻っていった。

 

 

 「お前たちだけヒメと一緒に先に行きな。」

次の日、出発直前になってサイフェルトが促した。

「俺たちだけ?何で?」

料理長が素直に聞き返す。アルフと光姫もキョトンとした顔をしていたが、テオレルはその真意に気付いていたようだった。

「あたしらこの辺じゃ顔知られてんのよ。少人数とはいえキャラバンと盗賊が一緒にいたらまずいでしょ。」

「あぁ…なるほど。でも後から来るんだろ?どこで落ち合う?」

「アスベラの家の…崖際はどう?」

あたしは自然と思いついた。初めてアスベラの家に行った時に入った場所。人目につかない絶好のポイント。

「それって建物の裏側だな?…そこなら大丈夫そうだ。しっかしヒメ、本当に何でも知ってるんだな。アスベラに貸しって一体何したんだ?」

「ん?…ちょっとね。」

あたしはとっさに言葉を濁した。アスベラは外と干渉したくないって言ってたし、あの時の内情を勝手に話していいのかあたしには判断が付かなかった。それに…勘のいいサイフェルトやカルラのことだ、あたしとアリアさんを見れば大体のことを察するようにも思える。

「それじゃあ行こう。後で崖際で会おう。」

テオレルが場を切り上げ、あたしとルベンズのグループはサイフェルトたちより先に拠点を出た。

空は遠くに雲が見えるだけの晴天。海からの風が余計爽やかさを増長する。こんな日は自然と気持ちも上向きになるもの。良かった、今日がもし曇りだったりしたら空を見上げたりなんか出来なかった。

やがてアスベラの家を抱くような崖が見えてくる。崖…まさかアスベラの家が目の前にあるのに、あの場所で竜に対峙するわけにはいかないよね。あたしまだどの場所で対峙するのかも分からないや。でも今は一つ一つ乗り越えることを考えよう。そうしている方が辿り着いた先に光を見られるような気がする。

あたしは風を思い切り吸い込んだ。肺の中が一杯になって胸の中で膨らんでいる。大丈夫…心臓が大きく鳴って手足が痺れるように冷たいけど、不思議と泣きたい気持ちはない。西海岸に至るまで…西海岸に来てからもあたしは随分力をもらった。まだはっきりと自覚はしていなかったけれど、光姫は何かを掴んだようなそんな思いさえ抱いていた。

 

     

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