南東のリゼットに別れを告げ、サイフェルトとカルラ、それに5人の盗賊仲間、あたしにアルフに料理長、それからテオさんを加えた11人は西へ進路をとっていた。あたしはいつの間にテオさんが一緒に来てくれることになったのか知らないままだった。けれどその理由は聞かなかった。今はただ、一緒に来てくれてることが嬉しいから、それだけでいいの。

「…良かった。」

ふと同じニロに乗るカルラが呟く。

「何が良かったの?」

「ミツキがだいぶ落ち着いてることがさ。気持ちに整理がついた?」

「…うん。」

一時も休まず働き続ける頭とは裏腹に、あたしの心は平穏を取り戻していた。“あたしが元の世界に帰れて、ハイゼも無事に人間の姿に戻ること”。確かに方法は分からないけど、何か一つでも確実なことがあれば姿勢は保てる。体に一本芯が通っているみたいに。

昔の自分ならこうじゃなかったとか、自分は変わったんだとか感じるのは、ある意味で傲慢だし昔の自分が接してきた人たちに対して些か失礼だとも思える。だけどそれを承知で口にしたい、あたしは変わったんだって。こんな風に強い決意を持っていられるのは初めてなんだもの。

 

 

 「ここを真っ直ぐ行けば西海岸に早く着けるのね?」

あたしはやや自分の前方に傾きつつある太陽を確認して尋ねた。すかさず傍らのテオレルが答える。

「そうですよ。この道は旧道なのでバザールに煩わされることもありませんからね。ただオアシスが消滅するくらい荒廃しているので渡航には向かないんですよ。…体は大丈夫ですか?」

「うん…平気。」

病は気から…ではないけれど、西への希望が砂漠での辛さを吹き飛ばす。今は早く西に着きたい、アリアさんに会いたい。自分のすべきことが分かっているのに、タイミングだけが遅れているのは何ともやりきれない気持ちになる。もちろんそれまでに希望を望みに変える何かを見つけなくては…。誰でもなんでもいい、ヒントが欲しい。あたしは無意識のうちに辺りを見回していた。

 

 「…わっ…!」

あたしは何の前触れもなく驚きの声を上げてしまった。マントの下にうずくまっていたオクルがいきなり制服のシャツの下に潜り込んできたからだ。フカフカの毛が腹部に当たっていてくすぐったい。

「!?何?どうかしたの?」

カルラが心配そうに尋ねた。

「ううん…何でもないの。ただオクルが…」

あたしはくすぐったさに緩む口元を何とか抑えつつ答えた。お願いだからそう動かないで、オクル。でも…何だろう?何かおかしい。このオクルは人懐っこいけれど普段ここまで甘えてくることなんてないのに。それに…動くというより震えてるみたい。

「オクル?」

マントの下でオクルに触れる。やっぱりこの子震えてる。一体どうして…

 

 

 その瞬間あたしはハッとした。何かの気配を感じる。またあたしの目線は何かに引っ張られるように遠くに見える別の岩山に向けられた。あまりに遠くてよく見えない…けれど小さく小さく岩山の頂上に点が見える。心臓が大きく鳴り始めた。

 

…ハイゼ

 

あたしは心で呟いて、決して口には出さなかった。ほんの点にしか見えないけれど、ハイゼが…竜が攻撃的でないのが分かる。オクルはリゼットさんの岩山に行く途中で襲われたのを覚えていて、だからいち早く気が付いて怖がっているんだ。だけど竜は何もしてこない、あたしはオクルとは逆に怖いとも感じない。むしろ今この瞬間、あたしたちの目が合っているんだって確信していた。まるで遠くの岩山に人間のハイゼが腰掛けていて、こちらを静かに見ているような、そんな気さえしてくる。

 

…心配しないで。西へ行って必ず突破口を見つけるから…。

 

あたしのその言葉を…言葉といっても音声にはなっていないけれど、竜のハイゼはそれを分かったのか、ゆっくりとあたしから視線を外すように体を動かすと音もなく飛び去っていった。本当に遠い、直線距離でも1〜2kmはあたしとハイゼの間にあったと思われる。それでも不思議なことにハイゼの動作の一つ一つがちゃんと読み取れた。ハイゼは…最後に飛び立つ直前、あたしに微笑んだみたいだった。

 

 

 それは久しぶりに訪れた思いがけない2人だけの時間。遠くて近い、あたしとハイゼしか知らない瞬間。ここ最近、あたしが何よりも欲しかったもの。触れ合うことも話すこともなくてもそれでも十分だった。

あたしは確信を持てた、竜の中にはハイゼがいる。あたしをずっと支えてくれてる、守ってくれている。まだ彼は負けてなんかない、だからあたしも負けない。あたしの決意はもうどんなことがあっても揺るぐことがなくなっていった。

 

 

     

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