「さようなら!気をつけて!!」
あたしは砂漠の風に見えなくなるまでルベンズに手を振っていた。この世界での必然が事実上果たされた以上、一度向こうに帰ればおそらく再びあたしがこの世界に来ることは出来ない。あたしがこの世界に来る意味がなくなるのだから。ハイゼと同じように…ルベンズとも…またちゃんと会えるかな…?誰も知りえない来世においても。
「ミツキ。」
しわがれた声があたしを呼ぶ。振り返るとリゼットさんが岩山から外に出てきていた。
「リゼットさん、あの…あたし…」
「ミツキ、お前に最後に教えておこう。」
リゼットは光姫の言葉を遮るように切り出した。
「教えるって何をですか?」
「この世界の存在の意味をだよ。」
あたしはハッとした。やっぱりこの世界自体にも意味が課せられているんだ。
「この世界はお前の言ったとおり全てに意味がある。もちろんこの世界自体も例外じゃない。」
あたしはただ頷いた。
「こちらとお前の世界とどちらが表かと言われれば、それはお前の世界のほうであると言える。もし前世からの繋がりが必要ないのであれば、こちらの世界が存在する意味はなくなるからね。しかしその理を絶てない中で絶対的な必然性を持たないお前の世界だけでは不十分なのだよ。」
分かる…。あたしの世界ではちょっとした偶然や不慮の出来事で簡単に繋がりが切れてしまう。でもそれでは駄目なんだ。リゼットは更に言葉を続ける。
「お前の世界で死ぬと魂はこちらに呼ばれる。そしてこちらの世界で生まれ変わり、もう一度この世界でその者と出会うことで来世…つまり次に生まれ変わるお前の世界での再会の必然性が与えられる。私たちは誰でもこの2つの世界を交互に生まれ変わる運命にあるのだよ。表の世界で生きて裏の世界に生まれ変わる…裏の世界で生きれば次は表の世界に生まれ変わる。人はそうして何度も生き死にを繰り返しているのだよ、気がつかないだけでね。」
「あたしも…皆も?」
「そう。誰にも前世があり、必ず出会う人物を有している。それが恋人なのか親子なのか友人なのかは分からなくても、現世の出会いは必ず来世の出会いを生む。この必然の世界を経由するからこそ、それが揺るぎないのさ。…もちろん例外はある、今回のお前のようにね。だがそうは言っても…実はお前もこっちの世界には何度も生まれ変わって来ていたのだよ。この世界への来訪は今回が初めてなわけじゃない。」
「…リゼットさん…あなたは一体誰?何故…それを知ってるの?」
あたしは震える声でやっと尋ねた。
「私はただの老いぼれさ。特別物覚えのいい、ね。」
リゼットは少し悪戯な笑みを浮かべて囁いた。オチャメなおばあちゃんが孫をあやしているような表情で。
「さて…言ったように表はお前の世界だ。こちらは必然性に縛られた約束を果たすための裏の場所。普通なら合間見えない二つの世界、だけどね…」
リゼットは光姫の目を真正面から見た。一転して羨むような空気を帯びた優しい目…。
「お前は必然に呼ばれてここに来た。そして運命の若者に出会った。だからこそ来世でも必ず会える、それと知らなくても。どんな結果でもそれだけは信じなさい。」
「…ありがとう、リゼットさん…。」
そうやってまたあたしに逃げ道を示してくれるのね。どんな結果でもまた会える…その言葉があたしの心の温度を上げる。これがあたしにまた新たな決意をもたらしてくれたんだ。リゼットさんは気負いしないようにと言葉を掛けてくれたのだろうけど…。
ハイゼ、あたしたちまた会えるんだよ。その時にはこんなことがあったとか、どこの誰だったのかなんて全く知らないんだろうね。…だけどあたしは思うんだ。また2人揃ってどこかで会えるなら、どちらかが先に死ぬなんてもったいないよって。あたしかハイゼか、2人が揃って生まれ変われるように一方がもう一方を待つ時間は、短い方がきっといいに決まってる。あなたをこんなにも早く死なせるわけにはいかない、あたしもこんなに早く死ぬわけにはいかない。絶対に2人とも生き延びるんだって決めたから。
西に向けてあたしの決意は固まっていった。まだ具体的にどうしたらいいのかは分からないままに。