「ミツキ、しっかり。」

カルラが顔面蒼白にして震えている光姫に気がつき声をかけた。それでも光姫は目線を動かすことすら出来なかった。後悔と罪悪感がどんどんと募る。こんな…こんな運命の出会いってないよ…!

「おいババァ、もちろん元に戻す方法があるんだろうな?まさかこれでお終いってわけじゃねぇだろ?」

サイフェルトが言葉を急がせた。少しでも安心させられる事実を聞かせて光姫を落ち着かせたい。

「こうなった以上、残されている手段は一つしかないよ。やるかやらないかは自由だがね。」

「どういうことだ?ミツキを帰すにはやるしかないんだろう?」

サイフェルトは怪訝そうな顔で聞き返した。

「確かにそうだ。だがよくお聞き。これから話す方法を決行すればその結果を選ぶことは出来ない。だから今やるかやらないかを選ぶしかないのさ。この方法には必ず犠牲が伴うからね。」

老婆の声は一段と低くなった。あたしの体は背筋に一本棒を入れられたように動かすことが出来ない。心と体が同調しちゃってるのか、体を揺らすと心まで揺らいでしまいそう…。

 

「…ぐ、具体的に教えてもらえませんか?」

あたしの声は震えていた。涙を零さない代わりに喉が締め付けられる。でも知りたい…あたしの中ではその方法を決行する以外にはないの。ハイゼを…あの人を助けたい。

「それならまず結果から教えよう。それでもやるなら詳しい方法を教える、それでいいね?」

「…はい。」

あたしは真っ直ぐリゼットさんを見た。決意でもない…覚悟でも。ただそうしているのが涙をこらえるのに一番適していただけ。

 

「何度も繰り返すが、お前が元の世界に帰るには竜の力が絶対的に必要だ。竜の力は偉大だからね。しかしその本質は貪欲で卑劣だ。愛する者の破壊に快楽を得る、そういう生き物だ。」

リゼットは口にするのもおぞましいといった表情だ。あたしの世界の…少なくともあたしの国で伝えられてる竜とは全く違う。偉大な力を持っていても聖なる存在ではないんだ。そんな竜の力であたしは本当に元の世界に帰れるのだろうか?リゼットは更に言葉を続ける。

「お前はまず然るべき場所で然るべき方法の上で竜に対峙しなくてはならない。そして竜の中の男に呼びかける。命運を分けるのは結果として竜と人間のどちらの心が勝つかだ。もしも男の心が負けて竜が勝ったなら、竜はお前を噛み殺し身も心も完全に竜になった後、遠い北の地に飛び去って孤独に一生を終える。逆に男の心が竜に勝ったなら、竜は男の体を離れ、男は元の姿に戻る。お前はその竜の力を借りて元の世界に帰ることが出来る。ただし…」

「ただし?」

「男の命と引き換えだ。」

「ハ…ハイゼの命と…?」

あたしは頭を鈍器で殴られたかのようだった。頭が真っ白になる…そんな…まさかそんな二択しか残されていないなんて…。誰かまだ他に手はあるんだって言って…!!

 

「暴走する竜の力を抑えて元の世界に帰すように働きかけるには、穏やかな男の心をもってするしかない。心がなくなればその人物は成立しない。あの男には既に竜として生きるか、愛する者のために人間として死ぬかの道しかないのさ。…それでも竜の前に立つかい?」

そんなの…即答できない。最初はあたしが死んでもハイゼが助かるならそれも一つの必然だと思ってた。あたしはそれを受け入れられるかもしれないとも思ってた。でも…あたしが死んでもハイゼは孤独、あたしが元の世界に帰れて人間の姿に戻ってもハイゼは心を使い果たして死ぬ、だからといって何もしなければハイゼはこのまま苦しむだけ。しかもあたしはそれを選べない。あたしはただやるかやらないかを選ぶだけ。そんな…そんな決断下せない…下せるわけがない!!

「お嬢!」

思わずふらついたあたしを料理長の声が呼び覚ました。こめかみを貫くような頭痛…頭に十分に血が巡っていないってよく分かる。

「あ…ごめんなさい。」

あたしは何とか体勢を立て直した。でも目の前がチカチカする。これ以上何も聞きたくない…。急激に自分がワガママになっていく。何もかもを否定して…拒絶したい。誰かに騙されているんじゃないかとすら思えてくる。あたしはどうしたらいいの…?!

「…今日はここまでにしておこうか。」

リゼットが傍らに置いていたパイプを再び手に取り、何かを葉を先に詰めた。

「もし竜に対峙する気になったらまたこの部屋においで。その時に詳細を教えよう。今日はもうお休み。答えが出るまでここにいていいから。」

リゼットは優しく促した。皆がその言葉に立ち上がっても、あたしは動けなかった。足に力が入らない。まるで体を床に打ち付けられたかのように、あたしの心と体はもう浮かんでこれないんじゃないかって言うくらいに沈んでしまっていた。

 

 

     

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