ただひたすら南東に。それが希望の道だった。途中の休憩ポイントだったオアシスが潰されてしまっていたため、一行は多少無理をして岩山を目指した。日差しが段々弱まってきて幾分楽になってくる。気持ちも南東に近づいているせいか、それほど重くはない。竜が見せた僅かな二面性がその気持ちを支えていた、まだ手は残されているのだと。
「ミツキ、あれが岩山よ。」
カルラの声に視界をやや遮っていたフードを持ち上げる。西日に紅く映える岩山。小高い山か丘くらいの高さの岩山は、何枚かの巨岩が集まって形成されているみたいだった。オーストラリアのエアーズロックというよりも、ホワイトキャニオンのミニチュア版だと捉えた方が近い。切り立つ山肌は連なる矛先を空に向けているかのよう。この岩山のどこにリゼットさんがいるのだろうか。
「ルベンズはここを登れるか?ほら、あそこだ。」
サイフェルトは山の中腹の洞穴らしき部分を指差して尋ねた。
「俺たちは多分大丈夫だ。料理長たちはどうだ?」
「おう任せろ。」
テオレルの問いに力強く料理長が請け負う。誰にしたってリゼットさんの元へ急ぎたいのは同じこと。それに竜騒ぎでタイムロスした分、夕闇が迫っている。岩山を前にして躊躇している場合じゃない。茶色のニロといえど少しくらいの崖なら登っていけるはず。サイフェルトは非常に分かりにくく続いている坂道を登り始め、一行は一列になって洞穴を目指した。
岩山の下から洞穴だと思ったその場所は、間近で見るととても大きい扉を有する玄関だった。男の人の身の丈2倍ほどもある扉は、その存在感だけで自分たちが今岩山のどのくらいの高さにいるのかを示していた。下から見た時はこんなに大きいだなんて微塵も思わなかった。
「すごい…。」
あたしは思わず呟いた。とても頑丈そうな扉…どうやって開けるんだろう?
「おいババァ!用があるんだ、開けてくれ!!」
サイフェルトは物怖じせず黒い鉄製の扉をガンガンと叩いた。サイフェルトがハイゼと知り合いだったみたいに、リゼットさんとも顔見知りなのかもしれない。居場所だって知っていたし…。
サイフェルトの手荒いノックに岩山の内部からガラガラだとかギィギィだとかの音がして、重量感のある扉はゆっくりと中に向かって開いた。
明るさに慣れた瞳孔のせいですぐに内部を認識することはできなかったけれど、やがて目が慣れると古びた洋館のような暗い廊下が続いていることに気が付いた。天井近くに並んだランタンは最低限の明るさが保てる数だけ点灯していて、内部は全体的にセピア色に染まっている。壁面は岩山と同じ岩なのだけど綺麗に整えられていて、天然の洞穴やただ掘っただけの場所に住んでいるのではないとすぐに分かる。外見を見なければ窓の少ない洋館だといっても通用するような気さえする。
「ニロはそっちに繋いどけ。人間はこっちだ。」
サイフェルトは慣れた様子で横穴に自分のニロを引き入れて廊下の先を指した。
「サイフェルト…随分ここに詳しいのね。」
あたしはニロを繋ぎにいったカルラから一旦離れてサイフェルトに話しかけた。
「リゼットさんとも知り合い…なの?」
「まぁちょっとした、な。近い他人ってやつだ。」
「近い他人?」
「そ、つまり遠い親戚。家計図の端っこ同士って関係だよ。尤もあのババァは何世代か遡ったところに名前があるけどな。…実はここに来たことはあんまりないんだ。でもあのババァは住処を変えたがらないし、ここも模様替えのしようがないから。」
「そうなの…。でもおかげでとても助かるわ。」
あたしは本当の笑顔でサイフェルトに微笑みかけた。心底心強かった、こんな状態だからこそ余計に。周りが暗ければ暗いほど星は輝いて見えるものなのだから。
「お安いご用さ、ヒメ。」
サイフェルトは周りをさりげなく確認してカルラがいないことを確かめると、そっと右手で頬に触れた。少し目元を掠める慰めの意味も込められていた。