「さぁ、出発だ!」
全員がトロッコの中の配置について、シナはガチャンとブレーキを解除した。若干なだらかに下っている線路の上を、トロッコはゆっくりと動き出す。線路の行く先は、ここまでの道程にも増して真っ暗であった。トロッコの前後に取り付けたランプがこれほど辺りを照らしていなければ、次にトロッコがどう傾くのかすら分からない。トロッコは徐々にスピードを上げていく。カーサはトロッコの中で膝をつき、木枠に強くしがみついていた。エンダーやシナは勿論のこと、アルベールもこの揺れるトロッコで立っていられたが、カーサには到底無理な話であった。しゃがんでいても尚、トロッコの揺れに体を取られる。そのせいで何度アルベールに当たったのかも分からなかった。
「ちょっと!随分スピード出てるけど大丈夫なの?!」
ガダゴトと絶えず響く大きな音に抗って、エンダーはシナに問い掛けた。彼の言うとおり、トロッコは今やカーサの金髪が常に激しく揺れるほど、猛烈な勢いで走っていた。
「心配ない!必ず止まる!そぉら…見てろ!!」
シナは分岐の接近を知らせる甲高いベルの音(トロッコが通ると軸を弾き、自然と鳴るようになっている)を聞き取って、手にしていたブレーキレバーを思いきり引いた。するとトロッコは一瞬気でも失ったかのようにフッとその勢いを弱め、そうなることが自動化された高度な乗り物であるかのように、線路の分岐で正確に止まったのだった。
「ほぉらな。」
シナは満足気にニカッと笑う。
「…別に親父の力じゃないだろ…」
思わずつんのめってしまったエンダーが、小さく反論する。不覚にもトロッコのスピードを恐れた自分を隠すために。
「大丈夫?カーサ。」
トロッコな中で座り込んだまま呆然としていた彼女を、アルベールが気遣った。ふと肩に置かれた手に気がつき、カーサは僅かに驚いて顔を上げた。
「あ、ごめんなさい…大丈夫。私ったら、もしかしたら止まらないかもなんて思っちゃった。ダメね。」
カーサは困ったような笑みを浮かべた。
「はは、心配ないよ。力は決して君を裏切らない。」
アルベールはそう微笑みながら言った後、僅かにその表情に影を落とした。
君を裏切ったのは力じゃなくて人だった…
カーサが乱れた髪を手早く直した刹那のその表情。それに気がついたのはエンダーだけだった。同時にアルベールと同じ影を秘めたシナ。ルルイエ…そこには自分の計り知れないものがある。それは自分が立ち入ってはいけないもの…なのかなぁ…
「エン君?」
ふとどこか遠くを見るような表情をしたエンダーに気がつき、カーサは相変わらずの細い声で名を呼んだ。
「どうかした?」
「な、何でもない!」
エンダーはカーサの言葉を突っぱねて、前方へと向き直った。疎外感にも似た淋しさのようなものを見せまいとして。
「分岐は…オッケーだよ。」
ガチッと音を立てて、エンダーは分岐のレバーを正しい方向へと向けた。それに伴って線路も重たげな音を響かせる。真っ暗な先に僅かに見える分岐点。南下する道程、ここは素直に右を…西を目指す。
「よし、進むぞ。」
シナがブレーキを解除する、トロッコは静かに動き出す。ハネスゲルンまでどれだけあるか分からない分岐の最初の一つを、カーサは振り返って見遣った。ランプから遠ざかり、分岐はどんどん暗くなって見えなくなる。闇が何もかも飲み込む生物のように見えて、カーサは一抹の不安を胸に抱かないわけにはいかなかった。