次の日の朝は、あっという間にやってきた気がした。カイは器用にも部屋の中央の椅子に腰掛けたままの体勢で眠っていた。自分が一体どれだけ眠っていたのかはわからなかったが、カイの場合食事や睡眠をほとんど摂らなくても平気なことがよくあった。カイに不思議な力がいくつか備わっているのだとしたら、これもその中のひとつなのかもしれない。

 

 

 

 カイは窓の外に目をやった。まだ朝の早い時間なのだろうか。耳が痛くなるほど外は物音ひとつしない。日は差していたが少し肌寒く、カイはマントをきつく巻き直した。本当は南に向いた部屋の窓から外を見下ろしてみたかったがやめておいた。廃墟となった建物群のどこに誰がいるのかわからないのだから。

その代わりにカイは一晩中と思われる時間座っていた椅子から立ち上がって、部屋の中をゆっくりと歩いては、この建物が住居であった痕跡に触れていった。剥がしきれなかった壁紙の残り、ボタンホールに大きな穴が開いてしまっている古いボタン、割れた鏡の破片、どれもこれも人がいた温もりをすっかり忘れてしまったかのように冷たかった。

 

 

 部屋に太陽の光が少しずつ差し込んでくる頃になって、昨日の子供たちがカイのもとへやってきた。最初に部屋に入ってきたケイルは、ニコニコしながらパンを抱えていた。

「おはよう、お兄ちゃん。ボクね、パン持ってきたんだ!」

カイは一晩の間にお兄ちゃんになっていた。ケイルは日持ちするように作られた黒っぽいパンをカイに差し出した。同時にケイルのお腹がぐぅと鳴る。カイはふっと微笑んで、ケイルの目線にあわせるように膝をついた。

「ありがとう、ケイル。でもそのパンは君が食べていいよ。私はそれほどお腹は空いていないから。」

「でも…でもボク…」

ケイルは自分が食べたい気持ちと、カイに食べてもらいたい気持ちの板ばさみになっているようだ。

「じゃあ、そのパンの半分だけもらうよ。そしたらもう半分はケイルが食べていい。」

そう言ってカイは、ケイルの持っているパンを半分(ほぼ三分の一に近かったが)にして大きいほうをケイルに渡した。ケイルは目を輝かせてパンにかぶりついた。その様子を見てカイもパンを口に運ぶと、立ち上がってラルフとウィニーを見た。ウィニーは昨日と同じような何か考え込むような目で、やはりカイのことを見ていた。ケイルが“テンゴク”の話をしてから、ウィニーの纏っていた冷たいツンツンとした雰囲気は消えていた。

 

「あの、カイさん(敬称はいらないよとカイは言った)。ちょっと出かけませんか?ぜひ連れて行きたい場所があるんです。」

ラルフも昨日の冷静な彼ではなかった。これもやはりケイルの“テンゴク”の話があってから。3人、特にラルフとウィニーはそのことを話したがらずにいたが、カイにはなんとなく見当がついていた。きっと誰かが死んでその人が自分に似ているに違いない、その人は子供たちにとって大切な人だったに違いない、と。

 

 

        

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