「カスタに逃げた人はいなかったのか?」
「カスタは迫害こそしないものの、エウターナ人を受け入れてはくれませんでした。」
「安全保障条約は?武力を持って排除するんじゃなかったのか?」
「そのはずだったんですが…」
ラルフが次の言葉をつなごうとする前に、ウィニーがカイをキッと睨み付けるようにして反論した。
「カスタはエウターナを裏切ったのよ!」
「裏切った?」
カイはウィニーを見た。
「いや、正確には裏切ってはいません。」
「裏切ったも同然よ!そうでなければ騙されたんだわ!」
ウィニーはこの隠れ家で出していいギリギリの大きさの声で怒鳴った。
「どういうことだ?」
カイは換わってラルフの方を見遣る。
「さっき条約の内容の中に“リトリアが領土的侵攻を行った場合”ってありましたよね。でもリトリアは第3次リトカ戦になってからエウターナの領土を攻撃していないんです。つまりエウターナ人を迫害という形で攻撃しているだけ。カスタは領土的侵攻でないのなら軍隊をエウターナに派遣ことは出来ない、とはっきり公表しました。」
「…おそらくカスタは最初からそのつもりで条件を出したんだろう。見抜けなかったエウターナ政府が、と言っては何だが…」
カイはそう言いながら、マントの下で右腕を押さえていた。森の中でもそうだったが、カイが何かを不快に感じたり怒りを感じたりすると、右腕のあざはいつも内側からチクチクと刺されるように痛んだ。
「今、エウターナ人は色々な所に隠れ住んでいます。俺たちもその中の一人です。さっきのサイレンはリトリアの軍事警察の車の音ですよ。おそらく別の場所に隠れていたエウターナ人が捕まったんでしょう。それをサイレンでそこら中に知らせて、残っているエウターナ人にプレッシャーを与えてるんです。“俺たちはもうすぐそこまで来ているぞ、観念して出て来い”っていう風にね。」
ラルフは全て話し尽くしたというように深くため息をついた。
「それじゃあ、ここが君たちが今住んでいる所なのか?」
カイは辺りを見回しながら尋ねた。改めて見た部屋の天井はひびがあらゆる方向に走っていて、今にも崩れてきそうだ。確かに隠れ家としては最適かもしれないが、とても人が快適に過ごせる場所ではない。
「ここではありません。でもこの近くです。」
「ここよりもちょっとだけ新しいんだよ。」
ラルフは明言を避け、ケイルは自慢げにカイに言った。
「もうあたしたちのことは十分でしょ。今度はあんたが答える番よ。いったいどこから来て何が目的なの?」
ウィニーが厳しい口調で尋ねた。ウィニーは決して意地悪な子ではないのだが、自分と仲間達の保身のためにとる冷静な態度が、彼女に冷たい雰囲気を纏わせていた。