「黒だわ。」
女の子がすぐに答える。
「…黒い目って何人なの?」
「さ、さあ?見たことねぇよ。」
「私だってないわ。」
三人の子供たちは困惑していた。カイはそんな彼らを見渡す。子供たちの目は透き通るような青で、帽子からはみ出た髪の毛は少しくすんだ金色をしている。ケイルは7歳と言っていた割には少し小さく、ラルフとウィ二ーは同い年くらいで14,5歳と思われた。
「君たちは…?」
カイはかすれた声で問いかけたが、その短い言葉が言い終わらないうちにけたたましく車のサイレンが響いた。カイはそれが何を意味するのか全くわからなかったが、子供たちはひどく驚いてすぐに立ち上がった。
「立てますか?早く行かないと見つかっちゃう!」
ラルフがカイの左腕を引っ張る。それを見て、一番小さなケイルがカイの右腕を掴み、女の子のウィニーがカイの背中を押した。カイはそのおかげで何とか立ち上がり子供たちに先導されて走り出したが、以前森の中で目覚めたときのようなひどい頭痛のせいで何度も眩暈がした。子供たちは複雑な路地を何度も曲がり、車のサイレンが遠のいてきたころになってやっと立ち止まった。子供たちもそうだったが、それ以上にカイの息はひどく上がっていた。
「…大丈夫?具合が悪いの?」
カイの腰の高さほどの身長しかないケイルが、不安そうな顔をしてカイに尋ねた。
「大丈夫だよ。きっとすぐに良くなるから。」
カイは優しくケイルの頭を撫でた。それからラルフとウィニーの方を見た。二人とも不思議そうな顔でカイを見ている。
「おかしなことを言うと思うかもしれないが、ここがどこか教えてくれないか?」
ラルフとウィニーは顔を見合わせた。
「リトリアとは関係なさそうだね。」
「そうね。とりあえずはね。」
ウィニーはまだ疑っているようだ。ラルフはカイに近づいた。
「ここはエウターナっていうところです。正確にはエウターナとリトリアの国境ですけど。」
エウターナ…リトリア…。聞いた事のない国だ。この前の世界とは全く違うところに来ているのだろう。あの頭に響いてきた声は、どうやら本当のことを言っていたらしい。
「それで…さっきのサイレンは一体…。君たちは何故あんなに驚いていたんだ?」
「ちょっと待ってよ。先にそっちが答えて。何であんたはあんなところに倒れてたの?」
何か言いかけたケイルを退けて、ウィニーがカイに詰め寄った。
「それが…私にもわからないんだ。気が付いたらあそこにいたとしか…。」
「正直に答えてよ。こっちは命懸けなのよ。」
ウィニーは敵意をむき出しにしていたが、カイにその真意は飲み込めなかった。その様子を見てラルフは自分とカイの間に割って入ったウィニーの肩に手を置いた。
「さっきサイレンの事を聞いてましたけど、あれが何だか本当に知らないんですか?それより俺たちを見て何とも思いませんか?」
ケイルはラルフのいった意味がわかっていないようで、三人の顔を見渡していた。もちろんカイも、ラルフが何故そのような聞き方をするのか全く理解できなかった。
「何を…言っているのかよくわからないな。それが君たちと何の関係があるんだ?」
ラルフはそれを聞くとフッと笑って、ウィニーとケイルに目配せした。
「大丈夫だよ。この人はリトリアとは全然関係ない。」
そう言うと、ラルフは再びカイに視線を戻した。その後ろでウィニーは眉を少し動かし、ケイルはニコッと笑みを浮かべた。
「疑ってすみませんでした。俺はラルフ。それで女の子の方がウィニーで、一番小さいのがケイルです。」
「私のほうこそ色々迷惑をかけたようですまない。私はカイ。ここの事を詳しく教えてもらえないか?」
カイは“世界”という言葉を使わないように言葉を慎重に選んでいた。ラルフは辺りを見渡した。4人のいる周辺の静けさは誰かがいるようには思えないほどだったが、ウィニーは明らかに「いつまでここにいるつもり?」という顔をしていた。
「とにかくもっと奥のほうへ移動しましょう。ここではまだ安心できませんから。」
ケイルの手をとって歩き始めたラルフの後をカイは静かについていった。