もしも全ての世界が平和になったら…

 

その約束はカイにとって唯一の真実のようなものだった。その約束の全容やいつ誰と交わしたのか等ということを、カイが完全に覚えていたわけではなかったけれど、それがカイの行く先を照らす光であることに変わりなかった。なぜなら世界を平和にしていくことがカイの使命であったからだ。

 

 

 

 

 カイは、今自分がどこにいるのか見当もつかなかった。そればかりか、未だ夢の中なのか既に目覚めているのかさえわからずにまどろんでいた。尤もカイはその直前まで、夢を見ることもないほど深い闇のような眠りについていたのだが。

 

 カイの傍らでは複数のひそひそ話がしている。子供の声のようだ。しかし、カイのそのひどい疲労感がとれるか、若しくはそれを拭えるまでに体力が回復しない限り、カイは瞳も開けられそうもなかった。それでも意識はやけにハッキリしていて、カイはひそひそ話に耳を傾けた。

「…だからね、俺としてはこの人をこのままにしておくのは返って良くないと思うんだ。誰かがこの近くに住んでるんじゃないかって疑われるかもしれないだろう?」

「だから連れて帰りたいっての?もしこの人がリトリア人だったら、通報されるかもしれないじゃない。」

冷静な男の子の声に強気な女の子が反論する。

「あんたはどう思う?」

「ボク…ボクは…」

「そんなに怒った風に聞くなよ。ケイルはまだ7歳だぞ。」

「ボク…この人連れて帰った方がいいと思う…。怪我してたらかわいそうだもん…。」

「それでこの人がリトリア人だったらどう責任とるつもり?」

「だからそういう口調は止めろって言ってるだろ!」

話し声はもはやひそひそではなくなりつつあった。その後少しの間沈黙が続いて、冷静な声がひそひそ声に戻って静かに話し始めた。

「よく考えてみろよ、ウィニー。今俺たちにとって一番まずいのは、こうしているのを誰かに見られることだろ?第一この人は絶対にリトリア人じゃないよ。」

「どうしてそんなことがわかるのよ。」

それでも女の子は引き下がらない。

「リトリア人に比べて、この人は髪の色が茶色くないし、それに少し小柄だ。顔立ちもリトリア人というよりも俺たちに近いと思わないか。」

「……ボクもそう思う。」

「どうかしら。この人の寝顔だけで本当にそう言える?リトリア人の中にも黒に近い色の髪で、小柄なほうで、私達によく似た人がいるかもしれないじゃない。」

「いい加減にしろよ、ウィニー!」

男の子の声が遂に爆発した。相変わらず小声ではあったけれど、激しく女の子を叱咤している。

「今俺たちがこうしているのだってかなり危ないんだぞ!なのにお前がいつまでもそんな風にしてたら、誰かに見つかるかもしれないだろ?!それでここが見つかったら、それこそお前責任取れるのか?!」

「わ、わかったわよ、ラルフ。」

とうとう女の子が折れた。しかし、全て納得したという様子ではなく、同時に交換条件を出した。

「せめてどっちの国の人か知りたいわ。この人を起こして、瞳の色が青か茶色か確かめてみましょうよ。」

「…ボクもそれがいいと思う。目の色だけはどうやっても変えられないし。」

「いいぜ。おいウィニー、もう少し髪を隠せ。」

その声と同時に“ラルフ”と呼ばれている男の子の手がカイに触れ、身体を揺さ振った。カイは体力の回復具合からもう少し瞳を閉じていたかったが、自分が瞳を開けない限り子供達はこの場を離れられないと思うと、多少無理してでも瞳をこじ開けないわけにはいかなかった。

 

 

        

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