独房は軍の敷地の最北端にあり、広すぎる中庭(カイは演習場かと思ったぐらいだ)を抜けるまで幸運にも誰にも会わなかった。南西に向いた巨大なアーチの建物に据え付けられた小さすぎる出入り口を抜けると、そここそが演習場だったのだが、そこは多くの兵士達でひしめき合っていた。部隊をきちんとまとめるのも惜しいように、次々とトラックの荷台に乗せられては兵士達はどこかへと赴いていき、頭上では戦闘機が轟音とともに北西から東を目指し、編隊を組んで飛び去っていった。
カイはごった返す兵士達の中に見覚えのある顔を見つけた。それがいつ出会った誰なのかを思い出すこともせず、迷うことなくその兵士に近づき話しかけた。
「今からどこへ行くんだ?何かあったのか?」
背中越しに話しかけられた兵士は、そんな愚問をした間抜けを馬鹿にしてやろうというような口調で話し始めたが、改めて振り返り、その人物が草に埋もれた墓で見たあの赤い光の男だと認識すると、途端に萎縮し出かかった言葉を飲み込んでしまった。
「何かあったのかと聞いているんだ!」
カイは強い口調でもう一度尋ねた。
「カ、カスタがし、侵攻を始めたんだ。グァナとエウターナの国境付近をこっちに向かっている。も、もういつくかの収容所は奴らの手に落ちたらしい。」
兵士は上ずった声で一気に話した。アルマがいっていたのはこの事だったのか。収容所がカスタに落ちたとなれば、同盟関係にあるエウターナ人は解放されたと考えていいだろう。問題は戦闘機だ。部隊に先行してカスタ軍に攻撃されたら厄介だ。何としてもすぐに止めなければ…。
「お前達の総督はどこにいる?」
「し、司令室だ。あ、あの塔の最上階だ…」
兵士の指差した方向に、4〜5階建てと見られる黒っぽい建物があった。カイは肩越しに一瞬そちらを見て確認すると、今一度兵士の方に向き直り「すまない」と言った。それは心からの謝罪だった。
司令室のある塔の入り口には、見張りの兵士が1人立っていた。カイは出兵の混乱の最中に騒ぎを起こしたくはなかったし、塔の入り口が他にあるのなら正面から強行突破したくはなかった。しかし、目に映る範囲にそれと思しき入り口は見当たらず、仕方なくカイは見張りの立つ正面入り口へと走っていった。
見張りはもちろんカイの塔への侵入を阻止した。カイはできればクリフォスの力に頼りたくはないと思っていたが、同時に事情を話して理解してもらうだけの時間もない。戦闘機がカスタ軍の上空に到着する前に、何とかして攻撃中止命令を出させなければ戦局は泥沼化する恐れがある。
見張りの構える銃をまるで無視し、塔のドアノブに右腕を近づけた。錠は音もなく消え、入り口は開かれた。カイは振り向きもせず塔の中へと進んでいったが、まだ塔に入る許可を受けるだけの地位にない見張りはカイの後を追うことが出来ず、かといって入り口の錠がなくなってしまっては演習場のどこかにいる自分の上司に報告にその場を離れることも出来ず、ただ挙動不審に立ち尽くすしかなかった。