「これは?」
「何年か前にシャリト共和国の将軍に呼ばれたことがあってな。その時は無視したんだが、一応召集状だけはとっておいたんだ。どこにしまったか忘れちまってな、探すのに苦労したよ。多分これを持っていけば将軍に会えるだろうから。」
召集状はヨレヨレになってはいたが、かつては立派だった面影を紙の金の縁取りに残していた。
「しかし、これを持っていけばこの村が共和国側に加担したことになります。」
「それでもいいさ。そりゃ戦争には関わりたくないが、自分の手を汚さずになんてことはしたくねぇ。持って行ってくれ。」
カイは召集状を見つめて躊躇した。
「なぁに、俺たちには森がある。何かあったら森に帰ってくればいい。そうだろ?」
ザクはすれ違いざまにカイの肩を軽く叩き、カイの後ろに隠れるように立っていたラナの方へ歩いていった。不満そうにうつむいているラナの肩にザクは手をかけた。
「森の南側へ抜けて、カイをシャリト共和国の入り口まで送ってやれ。いいな。」
「…うん。」
ラナは父親の言葉に頷いて家の外へ出て行った。カイは召集状を大事にしまって、洗い上がって少しきれいになったマントを羽織った。
「では、行ってきます。」
「気をつけてな。ま、あんまり気負わずに気楽に行って来い。」
ザクは自分の息子に話しかけるようにカイを送り出した。
森を歩き出したラナは、昨日と同じように頼もしく歩いてはいたが、村やカイの事を振り返ることはなかった。カイは何とかしてラナにも自分の考えを理解してほしかったが、今は何を言っても逆効果になりそうな気がして、話しかけられずにいた。
「あのね、あたしの村は森の南よりの位置にあるから南側に出るにはそんなに時間はかからないの。だからって森が狭いって訳じゃないのよ。北側はもっとずっと深くて広いんだから。」
気まずい空気を紛らわすように、時々ラナの方から話しかけてはきたが、やはりぎこちなかった。
森の出口が近づいてくると、光が上からだけでなく、正面からも差し込んできた。シャリト共和国は頑丈な壁が周囲に張り巡らされており、森から見える門は人や物資が往来していた。
「あそこから入ればいいのか?」
ラナの返事はなかった。
「ラナ?」
ラナは思いつめたように俯いていたが、何かを決心したように噛みしめていた唇を緩めてカイを見た。
「ねぇ、やっぱりやめようよ!カイが行くことないよ!戦争なんていつかは終わるんだから。ね?村に帰ろう?」
ラナは少し涙目になっていた。カイはラナの気持ちがよくわかっていた。たとえ会って間もない間柄でもカイを死なせたくないという気持ち、そして村を戦争に巻き込みたくないという気持ち。分かってる…分かってるよ。誰も望まない事をやりたくない、やらせたくない。だけどここから動き出さなければ何も変わらない、私もこの世界も。
「ラナだって戦争が終わってほしいと思ってるんだろう?」
「当たり前よ!戦争がなければあたしたちだってもっと自由に暮らせるのに!」
「戦争から離れて暮らしている君がそう思うより、実際に戦っている兵士の方がよっぽど戦争を嫌がっていると、そう思わないか?」
ラナははっとしてカイを見つめた。
「遠いところからいくらそんな風に戦争を批判していても、誰にも信じてもらえないし、何も変わったりしない。本当の気持ちを本当に伝えたいなら行動しなければならないんだよ。私だって、交渉しに行って何が変わるだろうかと思う。でも、たとえ余所者でもこの戦争を終わらせたいって思うから、だから行くんだ。君のお父さんも、きっとそう思っておいでだよ。だからこそ私にこの召集状を預けてくださった。」
ラナはとうとうその場に泣き崩れてしまった。声を出さずに、ただしゃくりあげるように苦しそうに泣く姿はかえって悲痛だった。カイは屈んでラナの肩を軽く抱いた。
「ここからなら一人で行けるから、ラナはここで待っててくれ。必ず戻ってくるから。いいね。」
手で涙をぬぐいながら、ラナは頷いた。