森に再び轟音が鳴り響く。考え込んでいたカイも、不思議そうにカイを見つめていたラナもその音に心底驚いた。聞き覚えのあるそれは、間違いなく王国軍の戦車のもの。
「まさかまた森に?!」
ラナは顔に手を当てて動揺していた。
「いや、違うだろう。もっと遠くだ。あっちの方向の。」
カイは立ち上がって森の向こうを指差した。轟音はその方向から二,三度鳴り響いた。
「あっちって…共和国の方?でもあのゴツイ乗り物って王国のじゃなかったっけ?」
「だから侵略しているんだ。王国軍が戦車を使って共和国に攻撃を仕掛けてるんだ。」
轟音に混ざって何かが崩れる音がした。おそらくシャリト共和国の厚い塀が、砲弾によって破壊されたのだろう。
「ど、どうしよう…カイ?」
「共和国に行ってみる。大きな攻撃なら両国の要人が現場にいるはずだ。もしかしたらラナの言ってたように、二つの国に同時に戦争を止めさせることができるかもしれない。」
「そ、それじゃああたしも!あたしも行くわ!」
ラナは勢いよく立ち上がった。真剣な眼差しは、たとえダメだといっても無駄であることを、言葉もなしにカイに伝えるものだった。
「ラナーッ!」
轟音の間に間にラナを呼ぶ声がする。広場から走ってきたのはラナの叔父だった。
「叔父さん!」
「ここにいたのか。さあ、もっと森の北側へ行こう。みんな移動し始めてるから。あんたも来なさい。」
ラナの叔父は最後にカイに対しての言葉を付け加えた。
「あたしはカイと一緒に共和国の方へ行ってみる。叔父さんはみんなを頼むわ。」
ラナはカイと共に現場に行くことを既に決定していた。
「何を言ってるんだ?!お前にもしものことがあったらどうする?!」
叔父の意見は尤もだ。しかしラナの意志は変わらない。
「叔父さん、叔父さんは父さんがそうだったように、新しい村長としてみんなを守りたいんでしょう?あたしも同じよ。父さんの子だから、父さんがしようとしたこと、今度はカイに任せないで自分でやりたいの。お願い。」
ラナは叔父の目をまっすぐに見つめて言った。叔父はラナの気持ちを察しながらも躊躇していた。
「大丈夫よ。カイが一緒だもん。この前だってカイのおかげで無事だったんだから。」
叔父が安心できるよう、ラナはこれから戦場に赴くとは思えないような笑顔で諭した。
「…信じていいんだな?その言葉。」
「もちろん。」
「わかった…。絶対だぞ。」
ラナは叔父の言葉に頷き、森の南側に向かって走り出した。カイも走り出しながら、叔父の口が「頼む」と言うのを見ていた。
共和国を囲う塀は、王国側に向いている部分の七割以上が既に壊されていた。王国軍はありったけの戦車を駆使して攻撃し、共和国軍はバリケードを張り大砲で応戦していた。明らかに王国軍の方が優勢だ。森の中からその様子を見ていたラナは小刻みに震えている。
「大丈夫か?ラナ。」
カイはそれに気づいて尋ねた。
「え?何?」
恐怖と緊張でラナの神経はだいぶ磨り減っているようだ。
「あたし、叔父さんにあんな風に言ったけど、本当にできるのかな?」
ラナの声は今にも泣き出しそうだった。カイはまだ仄かに光っている右腕をマントから出し、その肩口をラナに見せた。肩に刻まれた球体は光で縁取られている。そして〔10i〕と書かれた数字の下に歪な文字が表れていた。
「ラナ、さっき私が言ったことを覚えているか?世界の姿を見出すといったこと。」
「うん。でもセカイって何のことだか…」
「今世界の説明をしている時間はない。それより見るんだ。この文字を。」
ラナは少し震えながらカイの肩口を見た。そして首を横に振って、読めないということをカイに伝えた。
「私も全てを思い出したわけじゃないが、この球体の意味だけはわかるんだ。これはキムラヌート、つまり物質主義だ。」
「ぶ、物質主義?」
「人の気持ちを無視して、生きていくためだけの問題を第一とする主義のことだよ。豊かな生活のために戦争を続けるこの世界はまさにこれだ。ラナ、君は言ったね。生活のために誰かが犠牲になるのは間違ってると。それは物質主義に反する考え方だ。だから大丈夫。君なら戦争を止められる。」
ラナは震える手を握りしめながらカイの話を聞いていた。
「で、でももし軍隊が攻撃してきたら?」
「私の力で食い止める。」
「話を…聞いてもらえなかったら?」
「聞いてもらうんじゃない。聞かせるんだ。ラナの本当の気持ちを。」
ラナの目にはどんどんと涙があふれてきた。ラナはカイを見つめていた瞳を閉じ、深呼吸をして上を見上げた。
「父さん…見てて。」
ラナはそう呟くと、涙目をこすってカイに頷いた。