そんな2人の耳に、森の北側から聞き覚えのある二つの声が聞こえてきた。
「ラナ!」
「カイさん!」
双子のトマとトナが木々の間から飛び出してきた。ラナは立ち上がって二人に駆け寄った。
「良かった。ここにいたのね!」
「ずっと探してたのよ!」
姉の言葉に妹のトナが言葉を続ける。
「みんなは?どこかに逃げたの?」
「森の北側よ。いつもの広場。」
ラナの質問にトマが答えた。少しだけ体力の回復したカイは、少女たちの輪に加わった。
「全員無事か?」
「それは…」
双子の姉妹はためらいながら顔を見合わせた。
「実はそのことで探してたの。ラナ、ちょっと来て。カイさんも。」
この時だけはトマが珍しく一人だけで喋った。
姉妹の先導で初めて入った森の北側は、より深くより冷たい雰囲気だった。トマとトナは二人三脚でもしているかのように、ラナは落ち着かないようにせかせかと歩いた。きっとラナも感じているのだろう。カイと同じ嫌な予感を。
「ラナ!」
大きな木の根元に広がる少し暗い場所まで来たとき、年配の女性や男性が数名、ラナに駆け寄ってきた。
「どこに行ってたんだ?!」
その中の一人の男性が、怒ったような口調で問いかけた。
「ザクさんが大変なんだよ!早くこっちへ!」
女性が少し強引にラナの腕を引っ張った。ラナは女性の促すままに人だかりのできている方へ向かった。カイもその後を追った。
「父…さん?」
人が避けてできた道の向こうで、ラナは崩れるようにしゃがみこんだ。ラナの後ろから人だかりの中心を見たカイは、自分も倒れそうになるのを必死にこらえた。そこには血にまみれたザクが横たわっていた。
「この広場に着いてすぐだったよ…。」
傍らの医者らしき老婆が、涙声とも地声ともつかなくなったかすれ声で言った。
「あの大きな乗り物が森を抜けて現われてねぇ、ザクさんは来るなって前に飛び出したんだよ。なのに奴らは聞きもしないで進んだもんだから…下に巻き込まれて…。」
老婆はそれっきり顔をうずめてすすり泣いた。ラナはただ虚ろな目で父親を見ていた。
「ザクさん、最期にラナはカイさんを連れて森の南側へ行ったかって聞いたの。」
トマが人だかりから出てきて言った。
「それで行くのを見たわって答えたら、そうかって笑ってそのまま…」
妹のトナはそう言うと姉にすがり付いて泣いた。周りが俄かにザワザワと騒ぎ出す。皆カイを見て囁きあっている。
「そういや軍隊の奴ら、村から使者が何とかって言ってたな。」
「まさかお前が唆したのか?!」
一番血気盛んそうなたくましい男がカイを問い詰めた。カイはゆっくりとザクからその男に視線を移した。男はそれをイエスととったようだ。
「てめぇのせいで!!」
男は渾身の力でカイに殴りかかったが、カイは男の拳をいとも簡単に避けてみせた。軍部の門を飛び越えたときと同じように、カイには人並み外れた身体能力が備わっているらしい。カイに避けられた拍子によろけた男は、それでもすぐに体勢を立て直すとカイのむなぐらを掴んだ。そして左手を堅く握り、今にも殴りそうな勢いで振りかざした。トマ・トナ姉妹や数人の女性たちは、顔に手を当てたり目をつぶったりした。
「黙ってないで何とか言え!!」
男はカイを怒鳴りつけ、振りかざした左手を震わせた。カイはそれでも何も答えない。それは開き直りでも強がりでもなく、その目に宿るのは深い罪悪感だった。男もそれがわかってか、左手をどうにもできずにいた。
「カイはちっとも悪くないわ…」
ラナが無気力な言葉で呟いた。
「カイを行かせたのは父さんよ。それに父さんは村長だったんだから、この村を守るのは当たり前だわ…」
ラナは肩を震わせていたが、泣いてはいなかった。カイのむなぐらを掴んでいた男は、カイを放して今度はラナの両肩に手を置いた。
「ラナ…本気か?」
「うん…」
「ザクさんが…自分の父親が死んだんだぞ?!わかって言ってんのか?!」
「勿論よ…」
「あの男が国に行ったりしたからこんな事になったんだぞ!!」
「それじゃあ一番悪いのはカイだって言うの?!違うでしょう?村を襲った軍隊が悪いんじゃないの?!偶然こうなっちゃっただけなのに、どうして戦争を止めようとしたカイが悪者にされなきゃならないの?!」
途中から目にいっぱい涙を溜めていたラナは、とうとう大きな声を上げて泣き出した。トマやトナ、そして何人かの女性が優しくラナをなだめた。カイもラナに歩み寄ろうとしたが、一人が首を振ってそれを制止したために、カイは人を掻き分けて広場を後にするしかなかった。