「さて…荷車全部もらおうか。」
辺り一帯踏み荒らされた砂漠の真ん中で、縛り上げられた老年の男たちを見下ろしながら、年若い男は容赦ない言葉を浴びせた。フードを下げて直射日光に当たるその髪は、少しも淀むことのない澄んだアッシュの色をしていた。右の眉尻からこめかみにかけて、古い傷痕が走る。その傷痕と耳元で光る金のピアスが、彼の生きる世界を知らしめていた。
「ふん…盗賊風情が…!」
捕まった男が苦々しく呟く。
「貴様のような若造が統領とは、度が知れてるな。」
「その度が知れてる盗賊にやられたのはどこのどいつだ?ひがむ前にてめぇの立場を顧みるんだな。」
そう言って抜き身の剣を数度振る。冷たい目線…盗賊団を率いる若い頭・サイフェルトのよく見せるこの表情が、孤城に少し前までいた異世界の姫君に向くことは決してなかった。住む世界が一緒になることなどなかったんだ…たとえ彼女がこの世界の人間だったとしても。
「女連れに若造か…随分な強運だったということだな。だがそれも、わしらを捕まえた時点で潰えたというもの。貴様らに未来はない。」
しかしその苦々しい言葉が終わると同時に、ダァンッ…と地響きが走った。サイフェルトが抜き身の剣を勢いよく砂漠に突き立てたのだ。一体どれだけの力を込めたのか…崩れやすい砂漠にあって突き立てた剣は揺るぐ事なく自立していた。
「おい…若造が統領になっちゃいけねぇなんてのはな、頭の固い年寄りの戯言だぜ?」
サイフェルトは前屈みに強気な笑みを男たちに向ける。激しい殺気を纏った笑み、男たちは思わず口を紡ぐ。
「人は必ず老いる、だが組織はやり方次第で不老不死にもなる。俺はな、この盗賊団をてめぇらみたいなジジィにするつもりは毛頭ねぇんだよ。あんたらはやり方を間違ったな。未来がねぇのは、老いて頑固なキャラバンの方だ。」
鋭く光る眼光に、男たちはそれ以上何も言えなかった。砂漠では常に弱肉強食、それはいくら頭が固かろうと身に染みついた理だった。サイフェルトはそんな男たちを一瞥し、おもむろに剣を引き抜くと、剣の腹を軽く足に叩き付けて刃の砂を払い落とし、再びフードを被って日光を遮った。
「カルラ。」
「…分かってる。」
背中越しに軽く上げられた手を見て、男勝りな女盗賊は静かに一言だけ返した。それは今まで“戦利品を運べ”というだけの合図だったが、二人の間には更に別の意味が付け加えられていた…“手掛かりを探せ”と。何をそんなに躍起になっているのか。以前にもまして如才なくなったその理由を、カルラは誰よりもよく知っていたし、同じように焦る気持ちを少しは抱いていたけれど、彼女はサイフェルトとはまったく違った心持ちでこの数日を過ごしていた。ここでは物事は必然に引かれて動き出す、今一人焦ったとて空回りするだけだ。それを知らないサイフェルトではないと、それも十分に分かっていることだけど。
「…あったか?」
アジトである孤城に戻り、夜の静寂を窓の外に見ながら、サイフェルトはベッドに寝転んだ状態でカルラに問い掛けた。かつては貴族の主が使っていた部屋も、今ではすっかり盗賊の頭が使うに相応しい姿になっていた。ただ一つ、辛うじて往年の輝きを残す美しいランプが部屋を明るく満たす。
「なかったわ。というより、あるわけないでしょ。あんたがそんな状態で。」
「…なんだと。」
カルラの皮肉にサイフェルトはベッドに起き上がった。カルラの頬を人知れず冷や汗が伝う。いつもなら、間の抜けた仕草を見せるサイフェルトをどつくことなど何でもないことだが、今前にしている彼はそのように易しいものではなかった。サイフェルトが若くして盗賊の頭である理由は、カルラもよく知っている。間の抜けた仕草など、昼間の緊張感を夜に持ち越さない緩和策に過ぎない。本当の彼はこっち…あの子がいた時は、そうじゃないかもしれないと思ったこともあったけど。
「てめぇ…カルラ、どういう意味だ?」
怒りに強く握りしめられた拳、それが自分に向かない保証はない。
「言葉のとおりよ。何をそんなに焦ってるのよ。焦れば見つかるとでも思ってんの?」
「じゃあ暢気に待てってか?!待ってりゃ転がり込んでくんのか?!」
「そんなこと言ってるんじゃないわよ!ただもう少し落ち着けって言ってんの!あの子のためだっていうのは分かる、あたしも同じ気持ち。だけどあんたがそんな風に切羽詰まることを、あの子は望んでなんかいないわよ!」
「んなこたぁ知ってんだよ!!!」
拳が勢いよくベッドサイドのテーブルを叩く。バァンッ…と今にも壊れそうな音が部屋中に響き、二人の会話が途切れた。砂漠の風が、嵌めごろしの窓をガタガタと鳴らす。それ以外の音は、ただ部屋に響いた余韻のみ。緊迫した空気…ピリピリと肌に痛い。
「…ちょっと…あたしに当たんないでよ。」
「……あぁ…悪かった…。」
少し間隔をおいて、唇を噛み締めながら心底バツの悪そうな表情を見せる。盗賊の若頭がどうあるべきかなんてことは、十二分に承知していた。部下を戒めることはあっても、私事で八つ当たりするなど以っての外の行為だった。
「…イライラするんだ。」
ややあってサイドテーブルを叩いた手を額に当てて呟いた。
「あの子を帰す手掛かりが見つからないのが?」
「それもそうだが…それだけじゃない。もっと嫌な感じだ。自分がどうしたらいいのか、分からなくなる。」
胸中を渦巻く不穏な空気…その正体が掴めない。或いは手掛かりを見つけてしまえば、それも解消されるのではないかと考えていた。浅はかだと言われてもいい…焦っていた理由はそれだった。
「少し落ち着きなさいよ、サイ。今あんたに必要なのは冷静さよ。焦って周りが見えなくなったら、余計に不安になるでしょう?あたしらはサイを信頼して動いてる。…頼らせてよ。」
その言葉の後、暫くの間沈黙が部屋を満たす。窓を鳴らしていた風も今は吹きやんで、カルラとともにサイフェルトの次の句を待っているようだった。
「…そう…だな。はは、格好悪かったな、俺。」
サイフェルトは自嘲的な笑みを浮かべて呟いた。盗賊の統領とはいえ、彼もハイゼと同じまだ年若い青年。その気落ちした様子は、どこか気まずい仲直りをしようとする少年のように見えた。
「まったく…あのままウジウジするようなら、ぶん殴ってやろうかと思ったわ。」
「危うく骨が折れるとこだった。」
二人は目線を合わせて、互いにフフッと不敵な笑みを浮かべた。
「よぉし!!なんか吹っ切れてきた!そうだそうだ、ヒメにこんな格好悪いとこ見せらんねぇや!」
サイフェルトは途端に表情を明るくして、ベッドから立ち上がると腕をブンブンと回した。そして思い切り叩いたが故に少しズレたサイドテーブルを見てその位置を正すと、謝るように天板を何度か撫でた。
「カルラも…悪かった。」
「いいって。」
「撫でてやろうか?」
「…いりません。」
「はは、残念。」
そう言って今度は悪戯っ子の表情を見せる。
良かった…いつものサイだ。
カルラはそう思って、ふと自分の言葉に気がついた。盗賊の統領としての顔、それとは逆の少年のような顔…本当の彼はどちらか一方だと思い込んでいた。けれど、どちらもサイであることに変わりはない。本当の彼がどこにあるのか、それを決めるのは、むしろあたしたちなのかもしれないわ。信頼しているなら受け止めなければ…それが頼る者の義務。たとえどんな表情を見せたとしても。